05. せめて、此処まで墜ちてくれればいいのに



いつからあなたを意識するようになったのでしょう。
どのくらいそんなはずはないと否定し続けてきたでしょう。
まあ無駄な足掻きとでも言いたげに、何年も続いた日々はたった数ヶ月で意味を成さなくなってしまいましたが。
どんな突拍子もないことだろうと、あなたは自分の気持ちに素直で、それが時に羨ましく、時に憎らしいと思えてしまうのは、身勝手な言い掛かりでしかないのでしょうね。

隣で無防備に眠りにつくフィルズの髪を梳き、レキシスはそっと息を吐き出した。
すると、フィルズの眉間に皺が寄り、ゆっくりと鮮やかな碧眼が現れる。
まだ半分眠りの中にいるのか、どことなくぼんやりとした様子で見つめてくる瞳にレキシスは苦笑を返した。
「起こしてしまいましたか?」
「……眠れないのか?」
問いに問いを返す、寝起きの掠れた声。
「ちょっと考え事をしていただけですから―― もう寝ますよ。疲れているでしょう? あなたは気にせず眠ってください」

いったんは開かれた瞳がうつらうつらと閉じかけている様子に、レキシスの苦笑は深まる。彼は安心させるようにフィルズの髪を再度梳いた。
「なぁ、レシー。俺とこうなったこと、後悔しているか?」
それは初めて想いを確かめ合った時にも問われた台詞だった。
「いいえ」
過去と変わらず即否定したレキシスに、フィルズが穏やかに笑む。
「ならいい」
消えそうなほど小さな呟きと、
「おやすみ」
触れるだけの軽い口付けを残し、フィルズの瞳はまた完全に閉じられた。

規則正しく聞こえてくる寝息に、レキシスはため息をつく。
「まったく。あなたという人は―― 煽るだけ煽って、そんな安心したように寝ないでください」
自分で眠りを促しておきながら、なんて勝手な言い分。
そっとフィルズの額に口付けを落とし、レキシスが笑う。
「愛しています、フィルズ」
あなたが考えるよりもずっと、私はあなたに囚われているのですよ。
あなた無しでは生きられないくらい……。
知らないでしょう?
「私はもう墜ちるところまで墜ちてしまったのですよ」
けして上がることのできない深淵まで。
そう呟くレキシスの顔は言葉とは裏腹に穏やかだった。

「あなたも早く此処まで墜ちてきてください」

最後にもう一度フィルズの髪を梳き、レキシスは完全に横になって目を閉じた。
少しして彼の口からも微かな寝息がこぼれ出す。
そして、室内に静寂だけが訪れたかに思われたのだが――。



「まったく何を思い悩んでいたんだか」
眠っていたはずのフィルズの瞳が唐突に開かれ、小さな呟きがこぼれた。
その声には睡魔の欠片も見られない。
なぜなら。
眠りから目覚めたフィルズは眠った芝居をしただけで、実際には眠っていなかったからだ。
けして素直ではない恋人。
起きている時に本心など、素の状態で聞けるはずもない。
だから――。
すっかりフィルズの芝居に騙され、気を許したレキシスが呟いた言葉に、彼は内心かなり喜んでいた。

「おまえがどこまで墜ちようと俺はおまえと共にある。おまえが俺を拒絶しない限り、それこそ一生な。だから安心しろ、レキシス」

安心して墜ちろ。
俺も共に堕ちるから。

レキシスの耳元でそう囁き、フィルズはニヤリと笑った。
眠りの浅い彼のことだ。
目を覚ますかもしれないとは思ったが、それでもかまわなかった。
「愛している」
耳元で囁き、レキシスを抱き締める。
微かに聞こえる彼の寝息は本物か、それとも芝居か。
それも今のフィルズにとってはどちらでも良いことだ。

「おまえは俺のモノだ」

そう宣言して、今度こそ夜明けまでの短い眠りへと旅立ったのだった。





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2009/08/13
修正 2012/01/15
お題『壊したくなる5つの衝動』



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