04. あまりにもうつくしすぎる、



氷のように研ぎ澄まされたその刃は、時に鳴りを潜めようともけして消えることはない、レキシスを形作る最強の武器だった。それは絶えることのない穏やかな笑みの下に隠された冷笑や毒舌として表れる。
切れ味は鋭く、切り口はすっぱり鮮やか。
それに整った容姿が加味され、矛先以外の人間がため息を禁じえないのも今に始まったことではなかったのだか――。
最近の彼はたまにそれ以外の顔を覗かせるようになり、皇城に仕える者達の間ではひっそりと真しやかな噂が飛び交っていた。



ここは女官達の休憩室。
うるさい上司もいなければ、噂話を咎める人間もいない。

「最近のレキシスさまは―― なんというか、物思いに沈んでいると思わない?」
今一番の注目株はレキシスの様子で、彼とすれ違ったひとりの女官が仕事の休憩中にそう話題を投げかけた。
「やっぱりそう思う? 憂い顔っていうか――」
「まるで恋煩い、みたい?」
「そうそう、それそれ」
ちょうど休憩の重なった同年代の三人の女官は、お互いの顔を見合わせ、思わしげな笑みを浮かべる。

「気にならない?」
「なるに決まっているでしょ。あの方を慕う女は星の数。付き合った女は両手両足の数を超えると言われているのに、あんな憂い顔を拝見したのはこれが初めて! これが気にならないで皇城の女官なんてやってられないわ」
長年皇城仕えをしてきた女官がそう胸を張れば、年数の浅い女官がほ〜と感心する。
「やっぱり初めてなのね」
そうかなとは思っていても、改めて他人からと言われると今の状態が如何に珍しいことかがまざまざと感じられる。 そのことがいっそう好奇心を刺激した。
「相手はいったい誰かしら?」
「う〜ん。誰かしらね」
「すっごく気になるわ〜」

女官達は首を傾げた。
彼女達にとって、レキシスはけして近づくことの出来ない高嶺の花。
比較的平和になってきた帝国の日常において、変わらぬ彼の姿は目の保養だった。
彼の氷を溶かす者はいったい誰なのか。
女官達の結論は、今後の彼の動向をこっそり見守ることで一致する。
むろんお互いに情報交換をするという暗黙の了解をして――。



そうして半年以上の月日が流れた。
あの時見られた憂い顔はいつの間にか鳴りを潜め、普段と変わらぬレキシスに戻ったかのように思われたのだが ――。

女官達の休憩室。
同年代の女官が三人、必然のように同じ時間に休憩が重なった。
「今日のレキシスさま、見た?」
「え? 今日はお見かけしてないけど、何か変化があったの?」
一人が首を傾げ、
「……あれはちょっと、ね。刺激が強すぎるわ」
一人は赤く染まった頬に両手を当て困惑顔になった。

「え、えぇ? いったい何? 何か進展でもあったの?」
今日はレキシスの姿をまったく見ていない女官が、他の二人の女官に詰め寄った。
「あったなんてものじゃないわ。あれは、ねぇ」
「間違いなくうまくいったわ。もう、レキシスさまの艶っぽいこと」
「そんなに〜?」
念を押す女官に、他の女官達が深々と頷く。
「もともときれいな方ではあったけれど、うつくしすぎるって言うか。あれはもう目の毒よ」
そこまで断言され、気にならないはずもない。
「えぇ〜! 私も見たかった。残りの勤務時間内にレキシスさまに会えるかしら」
そう言った女官の瞳が好奇心で満ち溢れていた。
「……やめておきなさい。あれを見ちゃったら、しばらく恋愛なんて出来なくなるから」

本人無意識に垂れ流された色気は、普段の彼からは想像もつかず、かなりの破壊力があった。今まで微塵もそんな気配を見せたことがなかっただけに、その威力は大きい。
だが、無意識なだけに当の本人がその破壊力にまったく気づいていなかった。
敏い彼には珍しいほどに――。
彼が普段と変わりなく仕事をこなしていく中、彼の色気に免疫のない周りの人間達が自然と当てられていく。

「そんなに?」
「そんなによ。やめておきなさい」
忠告より好奇心が勝っているらしい彼女に、念を押すのは本人のためだった。
「うぅ〜」
興味はある。
けれど、そこまで念を押されては見ない方が身の為のような気もしてくる。
眉間に皺を寄せて考え込む女官を余所に、二人の女官は話を続ける。
「それにしても結局、相手はどなたなのかしらね?」
「わからないわ。目星をつけていた方々はどれも違うようだし、いったいどこの深窓の令嬢があの方の心を射止めたのやら」
相手が謎。
噂が無いわけではなかったが、どれも真実味に欠けるものばかり。
それがいっそう彼女達の興味をそそるのだが――。

推測を交えた女官達のおしゃべりは、休憩時間が終わるまで続くのだった。



その月。
他の月に比べて皇城勤務の者達の中で、離婚する者や恋人と別れる者が急増したとか。
しばらく経った後。
真実が皇城中を物凄い早さで駆け巡り、そこかしこで絶叫が上がったとか。
どれもこれも、どこまでが事実か。
当人達があずかり知るはずもない所で起きた出来事である。





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2009/08/09
修正 2012/01/15
お題『壊したくなる5つの衝動』



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