03. 微かに笑んで、立ち去る足音



数日ぶりにまともに見たレキシスの心からの笑み。
立ち去った後に残された足音が、いつにもまして軽やかに響いた気がしたのは気のせいだろうか。

フィルズはひとり残された執務室で、ため息と共に声にならない叫びを吐き出した。
先程の己の所業を思い出すと、悶絶したくなるほど恥ずかしい。我ながら年甲斐もないことをしたという自覚はあるのだ。慣れない真似はするものではないという、後悔にも似た思いが胸中を渦巻いてもいる。
けれど。
それがレキシスのあの笑みを引き出したかと思えば―― 悪くない。

すべてが吹き飛んでしまう事実を前に、フィルズは頭を抱えた。
そこには漠然とした敗北感が漂っている。
だが、そこは惚れた弱みだ。
それすらも緩和されてしまうのだから、本当に手に負えない。
そろそろ本当に年貢の納め時かもしれない。
そんな考えがフィルズの脳裏を過ぎり、浮かんだレキシスの微笑みを振り払うように彼は頭を振った。

色惚けしていたことを知られるのも困る。
だが、それ以上に彼の機嫌が急降下する方がもっと困る。レキシスが戻ってきた時に仕事が進んでいなければ、それは必然になってしまうだろう。
気分を入れ替え、フィルズはとりあえず机上の書類を地道に片付ける所から始めた。

日々彼の小言は聞き慣れていたが、今日ぐらいは無くても良い。

そんなことを思いながら、フィルズは立ち去った軽やかな足音がいつ戻ってくるかと耳だけは扉の外へと向けるのだった。





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2009/08/09
修正 2012/01/15
お題『壊したくなる5つの衝動』



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