05. 相談



「デュース、ただ今戻りました」
形式的な帰還の挨拶をして騎士の礼をする男を、フィルズは玉座から見下ろし、
「ご苦労だった。守備は?」
労いの言葉をかけて遠征の報告を訊いた。

中規模な反乱鎮圧のために、しばらく城を空けていたデュース。
彼もまた、フィルズが王になる前から付き合いのある、本音の話せるわずかな人間の一人だった。
そして、彼こそが少年期の時分にフィルズとレキシスを引き合わせた張本人だった。

「上々です。反乱自体は完全に鎮圧。首謀者はひっ捕らえ、今は牢に入れて見張りをつけていますが、早々に取調べを行う予定です。裏で糸を引いていただろう人物も隠密に人をつけていますから、動きがあればすぐに知らせが届きます。尾っぽを出すのも時間の問題でしょう」

裏で糸を引く人間。
フィルズが王位にいることを良しとしない前皇帝時代の残党が、いまだ反乱を起こすヴィア帝国の現状。
以前よりはマシになったが、治安は安定せず、まだまだ良いとは言えない。
それでもだいぶ反乱の数は減った。
それはフィルズ達の努力あってのことだが――。

ニヤリと公式の場には相応しくない、だが普段の彼らしい笑みを見せたデュースに、フィルズが頷く。
「そうか。今度こそ、終わりにしたいものだな。引き続き頼む」
「はっ。それでは失礼いたします」
背を向けたデュースに、フィルズは声を掛ける。
「デュース将軍。後で執務室に来てくれ」
「はっ。承りました」
再度、騎士の礼をしてデュースが去った後、フィルズは小さなため息をついた。
まだ続く会議の席に重役達は残っていたが、憂いを含んだ小さなため息に気づいた者は誰もいない。
フィルズは無表情の仮面の下にすべてを隠し、その場の議論に耳を傾けたのだった。



「それで、俺に話があるんだろ?」
人払いをした執務室内には、フィルズとデュースの二人しかいなかった。
取り繕う必要がないため、デュースの言葉遣いも堅苦しくしゃちほこばったものではなく、普段通りに戻っている。
そこには、皇帝と将軍という立場の差はない。
ただ親しい友の姿があるだけだ。
「おまえら俺がいない間に何かあっただろう?」
デュースが確信をした様子で問い掛けた。
その瞳が好奇心に満ちている。
「いや、まあな――」
その様子を見て、フィルズは言葉を濁した。
一瞬、相談しようとした相手を間違えたかという考えが彼の頭を過ぎったが、この事に関してデュース以上に適格な相談相手はいない。
自分ではもう、このこう着状態を解決する良い方法も浮ばない。
それならからかわれるのを覚悟してでも、事情を話して良案を提供してもらった方がマシかと、フィルズは結局すべてを話した。

すべてを聞き終わった後。
デュースはしばらく沈黙していたのだが、唐突に笑い出した。
フィルズは訳がわからず、彼を訝しげに見る。
「なるほどな。それであの場にレキシスが居なかったのか」
笑いが収まった後、デュースは呟いて納得したようにしきりに頷き、
「レキシスはさぞ困っただろうな」
意味深な言葉を口にして、考えるように顎を撫でた。
その顔が妙ににやけて見えるのは、先程の笑いの名残りか。
それとも別の理由か。

あの場にレキシスがいなかったのは事実だ。
けれど、必ずしも彼があの場にいる必要はなかった。
だから、いなくても不自然ではない。
デュースの考えがわからず、フィルズは渋い顔をした。
それにレキシスが困ったとはいったい……?

一人で勝手に納得してしまったデュースに、フィルズは目で問う。
「おまえは鈍い所があるからな。レキシスはレキシスで意地っ張りの見栄っ張りだ。特におまえの前ではな。よく思い出して考えてみろ」
部屋の主のように長椅子に座り腕を組むデュースに、フィルズはため息をつく。
「考えてもわからないから、おまえに相談しているんだ。そもそもレシーは困っているどころか、いつも以上に冷淡だったぞ」
その時のことを思い出したのか、項垂れたフィルズをデュースは呆れたように見る。
「だから、鈍いんだ。いや、恋は盲目というやつか。あの冷淡さはあいつの自衛手段のようなものだが、処世術でもある。相手に踏み入って欲しくないから鎧をまとう。内心を知られたくないから、一層冷やかになる。そうすれば大抵の人間はそこで踏み止まる。それ以上踏み込んで平気でいられるのは、あの毒舌に耐えられる鈍さか、その裏を読む鋭さを持っている者だけだ。だが、そうまでして踏み込もうという人間自体そうそういない」
拒絶の意思を突きつけられたら、大抵の人間は躊躇する。
それをしなかった人間が、ここには二人……。

褒めているのか、貶しているのか。
微妙な所ではあるが、デュースの見解にはフィルズも頷けた。
だが、それがどうしたというのだ。
フィルズの眉間に皺が寄る。
それに気づいたデュースが苦笑し、言葉を続けた。
「だが、その相手がおまえってことになると話が変わってくる。ここ十数年、レキシスの一番は誰だと思う? ずっとたった一人で占められたままだ」

「……まさかそれが俺だって言いたいのか?」
そんな答え、自惚れでしかない。
けれど、彼の言い方ではそうとしか取れなかった。
デュースは真剣な顔をして深々と頷き、
「そうさ。あいつがどこまで自覚しているかは俺も知らんがな。内心を知られたくないと思っているのは確かだろう。だからこそ、いつも以上に冷やかに見えたと、そういう訳だ」
表情を一変してニヤリと笑い、言葉を続ける。
「ついでにもう一つ言ってしまえば、レキシスがいつも恋人と長続きしないのはそのせいだ。おまえが理由なんだよ」
「そんな訳――」
「あるんだから周りはいい迷惑さ。困ったものだ」
否定しようとしたフィルズの言葉を遮り、デュースは己の言葉を肯定した。
「それに冷静になって考えてみろ。普段のあいつならもっとうまく相手をあしらう。当り障り無く断わる手段ぐらい、レキシスならいくらでも持ち合わせているはずだ。それを使うことなく、というかたぶん思い出さないぐらい、おまえの告白はあいつを動揺させた。レキシスがそこまで混乱するなんて滅多にないことだぞ」

デュースの口から発せられる、もっともな理由達。
指摘されて初めて気づいたが、確かに普段のレキシスからすれば妙な反応の連続ではあった。
だが、だからといってデュースの言葉がすべて正しいとは限らない。
「信じる信じないはおまえの勝手だ」
難しい顔をして考え込んでしまったフィルズに、デュースは苦笑しながら立ち上がり、
「ただ俺が言えるのは、お前が動かなければあいつも動かないってことだけだ。いっそ最後までやっちまえばどうだ?」
爆弾を落とし、笑い声と共に出て行ってしまった。
室内に残されたのは、唖然とした様子で固まるフィルズのみ。

しばしの沈黙の後。
「……そんなことできるわけないだろう」
フィルズが小さく呟いた。
その途方に暮れたような弱々しい呟きは、彼の今の心境そのものだった。





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2008/03/04
修正 2012/01/15



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