03. 宣言



間近で見つめ合う瞳と瞳。
言葉で言うなら、そういう状態だった。
二人のその様子を見ることが出来る人間が居たのなら、艶事の最中かと捉えてもおかしくない。
だが、実際はこの二人の場合、どこまでも噛み合わずに平行線をたどっていた。

「毎回毎回、いい加減にしてください。いったい何がどうしたのですか? 悪ふざけもここまで来れば悪趣味です」
レキシスは動けないまま、フィルズをきつく睨みつけた。
自分はただ仕事で彼の執務室を訪れただけ。
それなのになぜ、こんな事になっているのか?
そんなことがここ最近、頻発している。
どうせ性質の悪い冗談だろうと初めは受け流していたのだが、いい加減それも限界だった。
「俺はいつでも真面目だ」
不機嫌に顔を歪めるレキシスをフィルズはどこ吹く風な感じで受け流し、うそぶいた。彼は壁と己の身体でレキシスを挟んで立ち、いつまでも退こうとしない。
レキシスは身動き出来ずにイライラを募らせ、
「どこが真面目ですか。本当に真面目な人は、仕事を溜め込んだりしません」
いっそうきつくフィルズを睨みつけ、毅然とした態度を崩すことなく言い放った。

「ああ、言い方を間違えた。俺はいつも真剣だ」
フィルズがまっすぐにレキシスの瞳を見つめる。
その強い瞳にレキシスは少々怯んだが、ここで引けば己が身の危機だ。
「私があなたと何年の付き合いだと思っているのですか。今更、どこをどうしたらそうなるのか、理解不能です。そもそもあなたの恋愛対象は私が知っている限り、いつも女性でした。それに今まで私をそういう対象で見たことも無い」
レキシスの言葉はどれもこれも的を射ている。フィルズは否定できない。
「まあな。だが――」
フィルズの言葉を遮り、レキシスは言葉を続ける。
「あなたは私が男性からそういう対象に見られることを忌避していることも知っていますよね? 無理矢理事に及ぼうとした輩がどういう仕打ちを受けたかも。すべてわかった上で、まだそう言える自信がありますか?」
「ある」

いつからレキシスに対して恋情を持っていたのかは、いまだにわからない。
気づいたのが、あの晩だった。
それはもう消し去ることなど出来なかった。
確かなことは、それだけ。
だが、それだけで十分だった。
フィルズは素直にこの想いを受け入れる。
そうしなければもう、どこにも進みようがなかったから――。

きっぱりと断言したフィルズに、レキシスが深々とため息をつく。
「頑固者。わからず屋」
ぼそりとレキシスが呟いた。
「なんとでも言え。俺の気持ちに変わりはない」
開き直ったフィルズがそう言い放ち、ニヤリと笑った。
その笑みにレキシスがあからさまなほど顔をしかめる。
「だがな。そう言うおまえの態度にも問題がある。口ではなんと言おうとな、嫌なら抵抗しろ」
嫌がり抵抗する相手に無理強いする趣味は、フィルズにない。
そもそもレキシスは男だ。
本気で抵抗されたら、必要に迫られて多少は鍛えているとしてもフィルズが押えておけるわけがない。
それこそ口付けなんて――。
だが。
フィルズは顔を更に近づけ、レキシスの唇に触れるだけの口付けを落とす。
レキシスは抵抗するでも逃げるでもなく、受け止めるのみ。
二人の視線は変わらず間近で見つめ合ったままだった。

「勝手に責任転嫁しないでください。私はあたなとそういう関係になるつもりはありません。さっさと退いてください」
一方は笑みの浮かんだ瞳で、一方はきつく睨みつける瞳で。
二つの視線が交差する。
「退いてもいいが……逃げるなよ」
言葉通りにレキシスを解放したフィルズが笑みを消し、彼を見た。
レキシスはフィルズの手がすぐに届かない範囲に移動し、
「あなた相手に逃げてどうするのですか?」
訝しげにフィルズを見返した。
「レシー、意味を履き違えるな。俺はおまえを落とす。これはその宣戦布告だ。無かったことになどさせないからな」
不敵に笑ったフィルズとは対照的に、レキシスは顔をしかめた。
「……嫌ですね」
ぼそりと呟かれた言葉は本当に苦々しげで、フィルズは内心傷ついたが、それを悟らせるようなことはしない。
不敵に笑んだまま、レキシスの顔を見るのだった。



とはいっても、その強気も彼が出て行くまでのこと。
「レキシスの中で俺の存在は、どのくらい占められているんだろうな……」
その小さな呟きは誰にも聞かれることなく静かな室内に消え、フィルズはレキシスの去った扉に向けていた視線を外し、気分を切り替えるように頭を振った。
執務机の上には、未処理の書類の山。
それらはすべて今日中に片付ける必要のある物ばかりだ。
フィルズは席につき、書類にやっと手をつけ始めたのだが―― それも長くは続かず、気づけば上の空。
その口からは幾度となくため息が零れていた。





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下にフィルズと別れた後のレキシスの様子がちょびっと書かれています。ただ、読まなくても話の流れ的には全然支障のない内容でもあります。
お読みになる方は反転スクロールでどうぞ。
2008/02/21
加筆修正 2012/01/15



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フィルズが沈んでいた頃、レキシスはというと――。

ほぼ走っているのと変わりない、はた迷惑なほどの速さで回廊を歩きつつ、その意識は上の空だった。
行き先は、皇城の中で自分に与えられた私室である。
レキシスが考えていたのは、とりあえず一人になれる場所に早く行きたい。
それだけだった。
そんな彼をすれ違う人々は不思議そうに見たが、誰一人として声をかける者はいない。
彼に用があった者も、いつになくピンと張り詰めた空気をまとうその姿に声を掛けることをためらい、結局見送ってしまっていた。
そんな風にズンズンと進んでいくにつれ、レキシスの表情から段々と感情が削ぎ落とされていく。
そのすべてを拒絶するような雰囲気に、よりいっそう誰も話し掛けられず……。
レキシスは自分の私室まで、一度も止められることなく帰り着いたのだった。
だから、彼が室に入り、その入り口の扉にもたれて呟いた言葉を誰も知らない。
「まったく、いつもいつもあの人は私を振り回す。フィルズほど私の中にズカズカ入ってくる人もいませんよ。……本当に困ったものです」
言葉とは裏腹に、その顔に浮かぶ笑みは見る者を凍えさせるほど冷たい。

「ホントに困ったものです……」
繰り返された小さな呟き。
ほんの一瞬だけ、その冷たかった笑みが色を変えた。
口元の笑みは変わることなく、その瞳が揺らぐ。
どこか途方に暮れたように――。





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