01. 掴んだ手首の細さ |
反射的に掴んだ手首は考えていたよりも細かった。 フィルズはそのことに驚き、その衝撃で言うはずの言葉を失った。 「まだ何か?」 恋人に向けるには甘さの欠片もない、冷ややかな声。 レキシスは公私を完全に切り離しているらしく、仕事中は厳しく、時に口煩い側近のままだった。 「いや、おまえの手首ってこんなに細かったかと、な」 本来、別のことを言うために引き止めたのだが、それは意外な驚きで吹っ飛んでしまうほど些細なことだったようだ。 思い出せないものは仕方ない。 開き直ったフィルズが今思ったことを正直に伝えると、さらに温度を下げたレキシスの氷のような視線が向けられた。 だが、そんなことには慣れきっていた彼が恐れるわけもなく。 「レシーは馬鹿力だからな。考えていたよりも細くて驚いたというか。……引き止めて悪かった」 フィルズはレキシスの手首を放し苦笑した。 「馬鹿力、ですか……」 レキシスが目を眇める。 「そんな風に言われたのは初めてですね」 そう言いつつ素早くフィルズの両腕を捕らえ、レキシスは彼を壁に縫い止めた。 まさかそんな手段に出るとは。 予想外の反撃に、フィルズは無防備に囚われの身となった。 「あなたをこうやって捕らえるのも、単にコツがあるだけなのですけどね」 フィルズが我に返って抗っても、レキシスの腕は外れない。 彼の顔に浮かぶのは、いつもなら仕事中には出てこないはずの艶を含んだ微笑みだった。 それを目にしたフィルズは焦った。 このままではまずいことになると悟った彼の顔色は、赤から青へと忙しない変化をとげる。 そんな様を見て、レキシスの笑みがさらに艶を増し、甘くなった。 「この腕はあなたを捕らえるためにあるもの」 耳元で囁かれ、真昼間には相応しくない、ゾクリとしたものがフィルズの背を駆け抜ける。 固まった彼に、レキシスはクスリとそれは楽しそうに笑う。 「あなたは私のモノです」 情事の時のような、少し掠れた甘い声。 耳にはしった、チクリとした痛み。 「おまッ」 すんなりと離れていったレキシスに、フィルズは非難の声を上げる。 だが、その顔はあからさまなほど赤く、レキシスの笑みは逆に深まった。 「いっそのことキスマークでも付けた方がよかったですか?」 噛まれた耳を押さえ、フィルズが唸った。 「…………良いわけがないだろう」 やっとのことで絞り出された言葉。 仏頂面をしたその姿は不貞腐れた子供の様だった。 |
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修正 2012/01/15 お題『壊したくなる5つの衝動』 |