天の審判者 <9> |
草葉色の外套をフードごとすっぽりと被せられて、スーリャは初めて外へ出た。 彼の前をシリスが、後ろをリマとラシャが歩く。 今まで居た館は森の中にひっそりと佇んでおり、しばらく森の中を歩いていたら急に開けた場所へと出た。 目の前にはずいぶんと大きく立派な建物がそびえ立っている。それは城とか王宮とか呼ばれるような代物に見えた。 スーリャが立ち止まってポカーンと見上げていると、先を急かすようにリマが背中を軽く押した。促されるまま、シリスの後ろについて建物の中に入る。 とはいっても、通った入り口は隠し通路みたいで侵入したといった感じだったが。 「さすが脱走の常習者。慣れてますね」 誰に聞かせるでもなく、リマが呆れたように小さく呟いた。 その呟きが聞こえてしまったスーリャは、前を行くシリスの後姿をマジマジと見つめる。先頭を行くシリスの足取りに迷いはなく、戸惑いも気負う気配もまったくない。確かに慣れた様子で歩を進めていた。 そして、後ろを歩くスーリャを気遣うことも彼は忘れていなかった。 今は普通の通路を歩いている。 所々に高そうな代物が飾られていて、スーリャは物珍しくそれらを眺めながら歩いていたのだが、不自然なことに気がついて首を傾げる。 それに気づいたリマが後ろから訊ねた。 「どうかしましたか?」 「……いや。こんなに広い建物なのに誰とも会わないから」 それだけで彼の疑問を悟ったリマは、得心が行ったとでも言いたげに頷き、 「それはシリスの仕業ですよ。ここでは多くの人が働いていますが、今はまだあなたの姿を大多数の目にさらすわけにはいかないので。シリスは人気のない通路を選んで進んでいるんですよ」 穏やかな声で、スーリャを安心させるように説明した。 けれど、それだけでここまで徹底的に人に会わないものなのか? いまいち納得できない思いを抱えたまま、スーリャは歩き続けた。 奥へ奥へと進んでいることはなんとなくわかっていた。 でも、ここは……。 煌びやかなそこを前に、スーリャの足は完全に止まってしまった。 そこに縫い留められたかのように、一歩も動かない。 「どうしました?」 スーリャの後ろにいたリマが進まない彼を不思議そうに見る。ラシャはその後ろでひっそりと控えていた。 先を行くシリスもそれに気づいて後ろを振り返る。 「……ここって何?」 微妙に顔が引きつっていることを自覚しつつ、それぞれの顔を見た。 リマが予想外の答えが返ってきたという顔をして、シリスを非難するように見る。 「もしかして、行き先を説明してないんですか? してないんですね」 問いというより、それは断定だった。 シリスがバツの悪そうな顔になる。 呆れを通り越した疲れたような顔で、リマがため息をついた。 「まったくしょうがないですね」 説教の言葉も出てこないようだ。 「こんな目立つ場所で立ち話はまずいですし、手短に説明しますね。ここは宮の奥。後宮と呼ばれる場所です。そして、私達の目的地はこのまた奥。奥宮と呼ばれる、先代の王の妃が住んでいる所です」 畏れ多くもなく、平然と普通のことのように語るリマ。 実際、彼にとってこの先にいる人物は畏敬の念を抱く対象ではなかった。 けれど、スーリャはそのことをまだ知らない。 彼は呆けた顔をしてその場で立ち尽くす。 「後宮と言いましても、今の王に妃はいませんから無用の長物ですけどね」 意味ありげにシリスを見て呆れたように続けられた言葉も、スーリャの耳を素通りしていた。 説明は終わった。 さて、行きましょうかと促されても、スーリャの足はまったく動かない。 彼は自分の考えをまとめることに精一杯で、周りのことなど気にしている余裕が無くなっていた。 いやに立派な建物だとは思っていたけど。 ここが後宮ってことは、今まで通ってきた建物は王宮? 王様のいる宮ってこと? 城や王宮のような立派な建物だなぁ〜とは思っていたけど、本当に王宮だったなんて――。 そんな場所に侵入していいの !? グルグルとスーリャの頭の中では色々な思いが巡っていた。あまりに驚きが強すぎて、シリスが自分のすぐ傍まで戻ってきたことにも気づいていない。 いつまでも動かないスーリャに、シリスがため息をつく。 どうしたものかと思案するリマと、心配そうなラシャ。双方と目線が合い、彼は肩を竦めて見せた。 スーリャは待っても中々歩いてくれそうにない。 それなら多少強引でも強制的に連れていけばいい。 結論を出したシリスの行動は、素早いものだった。 「へ? えっ? ええぇ〜!」 スーリャが驚きに目を見開き、素っ頓狂な叫び声を上げる。 急に身体が浮いて……気づけば、誰かに抱き上げられていた。 間近に金色の瞳が見え……それがシリスだと悟り、スーリャは慌てた。 男に抱き上げられている。 それも確かに由々しき問題ではあるけれど、この体勢はいわゆるお姫さま抱っこと言われるもので。 「行くか」 羞恥のせいか怒りのせいか、頬を紅潮させるスーリャに構うことなく、シリスはスタスタと先程より早足で歩き始めたのだった。 その後ろに笑いを噛み殺した表情をしたリマと、微笑ましい笑みを浮かべたラシャが無言で従った。 |
************************************************************* 2006/06/18
修正 2012/01/16 |