天の審判者 <7>



「あんたの言い分はわかった。それであんた達はどの部類に属する人? 俺が今こうしているってことは、とりあえず殺すつもりはないってことだろうけど」
重い沈黙の後、深いため息をつきスーリャは言った。
その顔にあるのは、諦めたような悟ったような静かな表情。
そこからは見掛けの幼さを払拭する、思慮深さがうかがえた。
「……ああ。そうだな」
シリスは予想外に落ち着いた言葉を返すスーリャに驚いていた。もっと取り乱すかと思っていたのに、この反応には拍子抜けだ。
「先程の言葉で言うなら、俺達は国を守ろうとする者達に分類される」
スーリャはしばし考えてから訊ねた。

「じゃあ、あんた達にとって俺の存在はどういう意味を持つ?」

「それは……」
言い淀むシリスをスーリャが睨んだ。
「誤魔化しも嘘も要らない。答えて」

偽りを許さない潔さ。受け止める覚悟を持った瞳。
シリスは気圧されるように息を飲み、そんな自分に気づき苦笑する。
いくら幼く見えても、やはり審判者。一筋縄でいく存在ではないらしい。

「それを言う前に一つ訊いていいか?」
「何を?」
スーリャが訝しげな顔をして、首を傾げた。
「いや。先程はあれほどうろたえていたのに、今はもうずいぶん達観しているようだからな。これを理不尽だとは思わないのか?」
「悪かったな、うろたえて」
心底嫌そうに顔をしかめるスーリャに、シリスは苦笑した。
「理不尽だとは思う。でも、俺がどう思おうとあんた達の考えは変わらないだろ。すぐには変えようがないだろ? だったら、しょうがない。すべて受け止めて、どう対処するか考える。それが、俺がここで生きていくために必要なことだと思った。帰り方なんて知らないから、ここで生きる方法を探すしかないじゃないか」

シリスは無意識に笑みを深くした。苦笑ではなく、心からの笑みを浮かべる。
満足げなそれに、スーリャが目をそらした。
それを不思議に思ったが、問うことはしなかった。
シリスはスーリャの問いにまだ答えていない。
「では、はっきり言おう。俺達にとって審判者の存在は諸刃の剣。歓迎できる者ではない。今、この時期にもっとも現れて欲しくなかった者だ」

これが偽りの無いシリスの本音だ。
スーリャの瞳がほんのわずかに揺れた。
それも一瞬だけ。
近くで見つめていなければわからないほど、小さな揺らめきだけだった。

押さえ切れなかった、隠し切れなかった痛み。不安。

「とは言っても、俺達はスーリャを死なせるわけにはいかない。審判者が不慮に死ねば、天の怒りに触れる。この国は天災に見舞われ、生き物の多くが死に絶えるだろう。それを理解しない馬鹿な奴らが多くてな。何度も繰り返され、実証されている。それでもわからない奴らは後を絶たない」

すぐに取り戻された凪いだ表情。
その内心はどれほどの嵐が吹き荒れているのか。
ぎゅっと握り締められている拳の白さが、それを示しているようだった。
独りで耐えるスーリャが痛ましかった。
シリスはそっと立ち上がり、スーリャの傍らに立ち、彼の身体を引き寄せた。
そっと壊れ物のように抱き締め、頭を撫でる。スーリャの肩がビクッと震えたが、それだけで後はシリスのなすがまま。拒絶はなかった。

「そんな風に自分を押し込めなくていい」

シリスの口から出たのは、頼りない言葉だけだった。
もっと別のことを言いたかったはずなのに、それは言葉にならない。
シリスはもどかしげに、眉を寄せた。
スーリャは困惑もあらわに、彼の顔を見上げる。その様子にシリスは自分の行動を胸中で自嘲した。
なぜこんな行動に出たのか、自分でもよくわからない。
彼を抱き締めたいという思いに突き動かされ、気づけはそうしていた。

「今すぐ俺達を信用しろとは言わない。身の安全を絶対に保証するとも言えない。だが、出来るだけのことはする。スーリャはどうしたい?」

シリスから向けられる眼差しは温かい。
抱き締められているこの状況は奇異に感じるけれど、それでも包まれるぬくもりは心地良いものだった。
与えられるこれらが偽りだとは思えない。
シリスの話に嘘はない。
嘘をついても意味がないこともあるが、それ以上に彼の瞳は嘘を語っていない。
スーリャは黙々と考えた。
見ず知らずの人間に殺意を向けられる恐怖と諸々の不安に表面では取り繕っていたが、内心は途方にくれていた。だから、与えられたぬくもりに安堵も覚える。
でも――。

「ずるい」

スーリャの口から出たのは、非難の言葉だった。
「俺はこの国もこの世界も何も知らない。そんな俺が選べる答えなんて一つしかないじゃないか」
否という答えは、初めから無いようなものだ。
シリスの庇護下でしか、今のスーリャに生きる道はない。それを理解した上で、自分の意思で選べというのか。
スーリャが睨みつけると、シリスが苦笑した。
「そうだな。俺はずるい。すべてわかった上で、スーリャの返事が欲しかった」
悪びれのない答えに、スーリャはため息をつく。
返事を促すシリスに、是以外を返す術など彼は持っていなかった。





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2006/06/17
修正 2012/01/16



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