天の審判者 <6> |
次の日の昼過ぎ。 スーリャが昼飯を食べ終え、食後のお茶をもらって飲んでいる時に、シリスは現れた。昨日とは打って変わって真剣な表情をした彼に、スーリャは首を傾げる。 「話がある。いいか?」 簡潔な言葉に頷いて、 「ちょうどよかった。俺も訊きたいことがあったんだ」 スーリャは自分の前の椅子をシリスに勧めた。その言葉にシリスは訝しげな顔になったが、とりあえずは彼の前の椅子に座る。 ラシャがシリスの前にお茶を差し出し、部屋の外へと出ていった。 それを待っていたかのように、シリスが口を開く。 「何を訊きたい?」 「あんたの話は?」 「後でも良い。先にスーリャの問いに答えよう」 シリスはお茶を一口飲んだ。 「じゃあ訊くけど。昨日の話、あんた達は肝心な部分を誤魔化したよね? それって俺には話せないようなこと?」 スーリャは些細なことも見逃さないよう、シリスをじっと見つめる。 シリスは意外な気持ちでその瞳を見つめ返した。まさか彼の方からそんな話が出るとは、思ってもいなかったのだ。 彼の問いの答えは、これから自分が話そうと思っていた事柄だった。 「俺の話もそのことだ」 思わぬ偶然に苦笑する。 スーリャが驚いたように目を見開き、 「なんだ。そっか」 微妙に気が抜けたような呟きが、その口からこぼれたのだった。 「審判者は降り立った国の転機の鍵を握る者。昨日、そう言ったのを覚えているか?」 シリスが真剣な顔になり、テーブルの上で緩く手を組んだ。 「ああ。覚えてる。俺にはそれが曖昧すぎてよくわからない。ただ、あんた達はその意味を詳しく知っているだろ? 知っていてわざと曖昧にした」 スーリャも聞く態勢を取り、手に持っていたカップを置く。 「それほど詳しくもないが。昨日、言わなかったのは、あの状態のスーリャに言うのは酷かと思ったからだ」 シリスはため息をついた。 ここに来る前も言うべきか、まだ迷っていた。 ただ、この様子ならスーリャにすべて話した方がいいのだろうと思う。 「国の転機。それが意味する所。国がたどる道は二つの内、どちらかだ」 「二つ?」 「繁栄か、滅亡か。そのどちらかだ」 スーリャの表情が固まった。 「審判者はその鍵を握る。審判者が裁くと言われているが、どういうことをするのかは俺も知らない」 そこまで言ってシリスは沈黙し、スーリャの様子を見守った。 時間が掛っても、理解してもらうしかない。 硬直が解けたスーリャが数回瞬きする。そして、ゆっくりと息を吐き出した。 「……あんたの様子だと、冗談や嘘は言ってないよね」 「当たり前だ」 冗談や嘘で済むならどれほど良かったか。 スーリャがそう言った心情が想像できるだけに、シリスは複雑な気分だった。 これから今以上に酷なことを告げなければならないだけに、余計、気が滅入った。 「俺が一つの国を潰すの……」 呟くような言葉に、シリスは頷く。 「かもしれない、という仮定ではあるがな」 「わけわかんない。俺は普通の人間のはずなのに、なんでそうなるんだ?」 「審判者とはそういう者だと言われている」 「じゃあ俺は審判者じゃない」 「スーリャが審判者であることは違えようがない」 堂々巡りになりそうだったが、それでも言わなければどうにもならない。 スーリャにとってずいぶんと理不尽なことを言っているとは思うが、それでもこれが事実なのだ。 「実際はどうだか知らないが、審判者の存在がそう思われていることを覚えておいてくれ」 しばらくの間の後、スーリャは言葉無く頷いた。 「たぶんこの先の話は、先程よりスーリャにとってとても理不尽で酷な話になる。いずれは知ってもらう必要があるが、今日でなくても良い。聞くか?」 スーリャが落ち着くのを待ってから、シリスは訊ねた。俯いていたスーリャが顔を上げ、彼をまっすぐに見る。 「どうせ聞かなきゃいけない話なら、早めに聞くよ。だから、話して」 シリスは深く息を吐いてから、スーリャを見つめ返した。 「審判者は色々な意味で注目を集める。審判者がこの国に降り立ったことを知ったら、多くの人間がスーリャを狙うだろう。国を守ろうとする者達、国を潰そうとする者達、色々だ。そのどれもが審判者の存在を良しと思っているわけではない。スーリャの存在は、とても危ういものだ」 「危ういって、具体的には?」 「最悪、命の危険がある」 シリスの言葉の意味する所。それは、もしかしなくても。 「……俺が殺されるかもしれないってこと?」 スーリャの声は掠れ、弱々しいものだった。 シリスがわずかに顔を歪める。 けれど、告げられる言葉はどこまでも無情なものでしかない。 「簡潔に言えば、そういうことだ」 スーリャの顔からは血の気が引き、顔色は青いというより白い。返す言葉もなくシリスを見つめることしか、彼には出来なかった。 シリスは彼の様子を観察しながら考えていた。 正確な歳はわからないが、姿は十五、六歳ぐらいに見える。まだあどけなさの残る、たぶん恵まれた平和な環境で育っただろう少年。 命など狙われたことなど無いはずだ。 彼に突きつける事実としては、自分の言葉はどこまでも残酷なものだ。 ただ『天の審判者』というだけで、命を狙われるのだから。 けれど、それを受け止めてもらわなければこちらも困る。 そう。所詮はこちらの都合。 そう思い、シリスの顔に苦い笑みが浮ぶ。 俯かないで、じいっと自分を見つめていたスーリャと目が合った。 その蒼い瞳は光によって変化し、今は深い湖の底のような色を湛えていた。 それは様々な感情を内包し受け止めた、静かでまっすぐな眼差しだった。 |
************************************************************* 2006/06/17
修正 2012/01/16 |