天の審判者 <55>



「君は僕を責める?」

現れたスーリャを見つめ、驚くでもなくルー・ディナは静かに問い掛けた。
その顔にいつもの笑みはない。すべてを受け入れ、悟った、ひどく穏やかで悲しげな表情をルー・ディナは浮かべていた。
スーリャはゆるく首を振り、その瞳をまっすぐに見つめ返す。
「俺も同じ状況になれば、同じことをしたかもしれない。不運な事故だろう?」
ルー・ディナに力があったばかりに、こういうことになってしまった。それはルー・ディナの責任ではない。ただ、そんな言葉で済まされるほど、事は軽くなかったが……。
それでもこのことを責めることは、スーリャにはできそうになかった。

「俺、あんたに伝言を預かってきたんだ」
白い空間に広がる微妙な空気を払拭させるように、スーリャが明るく告げる。
「伝言? 誰から?」
不思議そうに首を傾げたルー・ディナに、スーリャがニヤリと笑い、
「誰からだと思う?」
答えをはぐらかして、ルー・ディナの反応をうかがう。ルー・ディナはしばらく考えていたが、思いつかないらしく珍しく眉間に皺を寄せた。
「わからないよ。いったい誰?」
「……あんたの想い人から、あんたに伝言だ」
その言葉にルー・ディナの瞳が驚きに見開かれた。

「『愛しています。私の心はいつもルーの元に。だから、嘆かないで。私は後悔などしていません』」

一言一句、正確に。彼の神の声から伝わった感情も織り交ぜて、スーリャは言葉を紡いだ。
ルー・ディナの瞳からポロリと落ちた雫が頬を伝う。せきを切ったように、涙は後から後から溢れ出す。
それをぬぐうこともしないで、ルー・ディナは静かに泣いていた。
「メイ・ディクスは自分のした事をまったく後悔していなかったよ。ただ、あんたから伝わってくる嘆きに心を痛めていた。あんたは思い違いをしてるよ。前にあんたが言ったように、確かにメイ・ディクスにとってカイナは大切なんだと思う。本人もそう言っていた。でも、一番じゃない。一番はルー・ディナ、あんただ。あんたを守るためなら他を犠牲にすることも厭わない。あんたよりもよっぽど強かだ」
涙をぬぐうようにとスーリャは懐から布を取り出し、ルー・ディナに差し出しながら苦笑した。受け取ったルー・ディナが泣き笑いのような表情をする。

「……そう。あの人は僕よりもずっと強い。でも、本当は脆い部分も隠し持っている。僕はそんなあの人を支える存在になりたかった。でも、いまだに敵わない」
ぽつりぽつりと己の心情を語るルー・ディナに、スーリャは頬をかく。
「それはあんたが納得するまで努力すればいいだろ。とりあえず俺が言えるのは、今のメイ・ディクスがあるのはあんたがいるからだってことくらい、かな」
そう言いながらも他人の恋愛事になど首を突っ込むものではないと、スーリャは心底思っていた。
メイ・ディクスといい、ルー・ディナといい、惚気られても対応に困るのだ。自分のいない所で勝手にやってくれ、というのがスーリャの本音だった。
コホンとわざとらしく咳払いをして、スーリャは本題に入る。

「ルー・ディナ、もう過去のことを嘆くのは止めろよ。あんたがそうやって嘆くから、禍は大地から完全に消えていかないんだ。それくらいわかっていたんだろ?」
「そうだね。わかっていた。でも、自分でもどうしようもなかったんだ」
沈むルー・ディナに、スーリャはため息をつく。

神は万能ではない。
ルー・ディナもメイ・ディクスもそう言った。その通りだと、今ならスーリャも素直に頷ける。こうしてルー・ディナと接していると、とても神とは思えない。
嘆き悲しみ、時に涙にくれ、思い悩んだとしても、笑顔を浮かべ愛を語る。
これでは人と同じではないか。そんな存在が万能であるはずがない。
けれど、それだからこそ親しみが持てるし、身近に感じられる。
それでもルー・ディナは神であり、人ではない。ルー・ディナの背負うものは大きく、重い。そして、それを肩代わりすることなど誰にもできない。

「メイ・ディクスの言葉を聞いた今でも同じか?」
「……あの人には僕の心が伝わっていたの?」
ルー・ディナはスーリャの問には答えずに問い返した。
それにスーリャは頷き、
「そうだ。あんたの嘆きはメイ・ディクスに伝わっていた。自分のせいだと責めるその心を知ることはできても、抱き締めることは叶わない。それがとてももどかしいってさ。まったく。俺は思い切り惚気られたんだからな」
文句を言いつつも、スーリャは真っ赤になったルー・ディナの顔を物珍しくマジマジと見つめる。
「メイがそんなことを……」
恋する乙女のように両頬に手を当て、ルー・ディナが呟いた。スーリャは再度ため息をつき、視線をさまよわせる。
どうやら自分は墓穴を掘ったらしい。
このままでは惚気のオンパレードになること必然だ。
瞬時にそう結論を導き出し、そうならないためにも話の軌道を修正する。

「とにかく、だ。俺がここまで来た用を済ませていいか? 惚気るのは俺がいない所で勝手にやってくれ」
スーリャの言葉に、ルー・ディナが言葉を詰まらせた。何か言いたげな目で、口を開いては閉じてという動作を繰り返す。けれど、その口から言葉が発せられることはなく、初めから聞くつもりのなかったスーリャに黙殺された。

「俺はこの力をあんたに返すためにここに来たんだ。わかってるだろ?」

禍として大地を蹂躙していたモノはスーリャによって純粋な力へと戻り、持ち主の元へと帰りたがっている。
ルー・ディナは頷き、その顔にいつもの笑みを浮かべた。

「帰っておいで、僕の――」

ルー・ディナがスーリャの両手を取った。乳白色の光が二人を取り巻き、しばらくして消える。
「どう? なんともない?」
あっけないほど簡単に、力の受け渡しは終わった。
「……なんともない」
複雑な気分で、スーリャはぶっきらぼうに答える。けれど、ルー・ディナはそれを気にすることなく彼に話しかけた。





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2007/03/29
修正 2012/02/06



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