天の審判者 <43>



「では、会議を始めます」
リマの掛け声により、会議は始まるかに思えたのだが――。
「始める前に説明いただきたい。この重要な会議の場に、子供が紛れ込んでいる理由を」
しんらつな言葉が割り込んだ。威厳に満ちた態度の五十前後と思われる男が、スーリャを侮蔑するように見ている。
「いつから会議の場は子供の遊び場になりましたかな」
続けて告げられた言葉にはスーリャも顔をしかめたが、沈黙を保った。

男の言葉は失礼極まりないものだったが、この場に彼がいる理由を知らない人間からすれば、なぜ? と思うのは当然だ。そして、それを説明するのは自分の役目ではなかった。

シリスが眉一つ動かさず、平素のままに口を開く。
「カリアス、おまえの言い分もわかる。この場の多くの者が、スーリャの存在をいぶかしげに思っただろう。だが、この重要な会議だからこそ、スーリャに参加してもらうことにした。今回の議題は皆もわかっているだろう。それを我々が未然に防げる手立てが今の所ないことも。いくら対策を講じようと、根本的な解決にはなっていないことも」
「―― その子供が解決できるとでも?」
カリアスは片眉を上げ、いぶかしげな顔をして問い掛けた。それにシリスは頷き、断言する。
「そうだ。鍵を握るのはスーリャだ」
二人の会話の行方を静かに見守っていた事情を知らない者達が、シリスの言葉に息を飲んだ。しんと静まり返った室内に、ざわめきが徐々に広がっていく。

「何を根拠に……」
カリアスの苦々しい呟きに、ナイーシャが今まで閉ざしていた口を開く。
「スーリャはルー・ディナの愛し子。その証をお見せしましょう」
その言葉にざわめきが大きくなる。様々な感情を映した瞳達が、いっせいにスーリャを見た。
ナイーシャが隣に座るスーリャの右手首を取って、例の言葉を呟く。以前と同様、彼のそこに不可思議な紋様が浮かび上がり、それを初めて目にした人々から感嘆の声が上がった。

「おわかりになりましたか?」
カリアスは沈黙し、少しだけ思案するような様子を見せた。その様子を見ながら、ナイーシャが言葉を続ける。
「ルー・ディナは相反する二つの性質を持つ神。破壊と再生の神。そして、ジーン王国では古代神の中でも、ルー・ディナとメイ・ディクスは別格。スーリャはルー・ディナの加護を深く受けています。それだけではこの会議に参加する理由になりませんか?」
「……会議を中断して申し訳ない」
カリアスは謝罪し席に座り直す。それを合図に初めから中断された会議は、不穏な空気を残しつつも再開された。



初めこそゴタゴタしたものの、会議は順調に進んだ。その間、スーリャは無言で現状と対策の話し合いを聞いていた。集まった情報を整理するに、やはり事態はかんばしくないらしい。

「ずっと黙っているが、何か意見はないのか?」

話し合いも一段落し、そろそろ会議もお開きかと思われた時、カリアスがスーリャに話を振った。探るようなその眼差しを不愉快に思いつつ、スーリャが口を開く。
「専門家でもない素人の俺が口を出せる話でもない。状況がかんばしくないことは十分にわかった。俺は俺の役目を果たすだけだ」
「役目とは?」
「あんたは国を支える大臣としてこの場にいるだろ? それと同じだ。この国を守るために、俺には俺の役目がある。だから、この場に参加した」
この場で詳しい事情は話したくない。下手に話して、墓穴を掘りたくなかった。
けれど、カリアスはこの答えで満足することなく続きをうながす。

軽くため息をつき、スーリャはどうしようか少し思案してから、再度口を開いた。
「確かなことは言えない。でも、俺は自分にできることを精一杯やる。それがこの証を持つ者の意味だからだ。この答えじゃ不満?」
本当は言えないのではなく、言っても理解されないという方が正しい。あの赤黒い蝶が見えない人間に、その存在を理解させるのは難しい。
自分をまったく信用していない人間ならなおのこと。それがこの現状を作った原因だと言っても、失笑に終わるだけだ。

カリアスはしばし考える素振りを見せたが、
「……いいえ、結構」
簡潔にそう言い、この場でこれ以上話を聞き出すことを諦めたようだ。
それを待っていたかのように、リマが口を開く。
「他に意見はありますか?」
一同は沈黙したままだった。
「よろしいようですね。では、解散します」



シリスが退出し、それに続くようにリマも去った。スーリャもまた、隣に座るナイーシャにうながされて立ち上がる。カリアスが鋭い視線をこちらに向けていることは感じ取れたが、それを断ち切るように無視して部屋を後にした。
向かう先は当初からの打ち合わせ通り、シリスの執務室だ。ナイーシャの後に続き室内に入れば、そこにはもう他の面々が顔をそろえていた。
シリス、リマ、ザクト、デイル、キリア、ラシャ。
ナイーシャにスーリャの計八名。
スーリャの成人の儀に集まった面々が、シリスの執務室に全員集まった。
スーリャはシリスに呼ばれ、彼の隣に腰掛けた。その様子を他の面々が意味ありげな、微笑ましいものを見たとでも言いたげな顔で見ていたことには気づいたが、彼は完全に無視した。
シリスも気づいただろうに、しれっとした様子で各々の位置に納まった面々を見回して口を開く。

「あの説明でカリアスは納得したと思うか?」
「無理でしょうね。ルー・ディナの愛し子だという証を見て、とりあえずあの場は引き下がっただけでしょう。確実にスーリャの身辺を調べると思いますよ」
リマがため息混じりにそう言えば、
「やっぱそう思うか。それは避けられないか」
予想通りの答えに、シリスも顔をしかめてため息をつく。
「問題はどこまで真実を捕まれるか、だな」
「カリアスなら十中八九すべて調べ上げるでしょう。彼にはその能力があります」
「……救いはいかなる時も国家を第一考える信念、か」

だからこそ安易にスーリャに手は出さないだろうと考えたシリスを、否定するようにデイルが問い掛ける。
「本当にそうか? 俺は逆に危険だと思うぞ。カリアスの場合、国のためにならないと判断したなら、すぐに手を打つはずだ。実力行使に忌避感がまったくない上に、あいつの判断基準はおまえらよりかなり厳しい。冷徹さはおまえらに引けをとらないしな」
普段は平和主義を語って穏便な解決をするおまえらと違って、普段から方針が好戦的だから問題なんだよな。

室内の空気が冷たさを増した気がして、スーリャは身震いした。シリスが寒いのかと心配して、彼を自分の方に抱き寄せる。
冷気の発生源であるリマの顔から、一瞬だけ笑みが消えた。だが、彼はすぐにいつもの笑みをその顔に浮かべる。
「聞き捨てならない台詞ですね。平和主義の皮を被っているだけで、本当は違うと言われているように聞こえるのですが―― 私の聞き間違いですよね?」
ひどく冷やかな声が更に室内の温度を下げた気がするのだが、デイルはリマの様子を気にした風でもなく、飄々とした態度で肯定した。
「実際そうだろ? 徹底的に叩きのめしてるじゃないか」
「必要に応じて、ですよ。そんな見境がないように言われるのは心外です」

冷笑を浮かべるリマに、どうだかなといった表情のデイル。
互いに一歩も譲らないやり取りに、シリスは苦笑するだけで口は挟まない。このまま話が頓挫するかに思われたのだが、そこにナイーシャが割って入った。
「そんなこと今は関係ないでしょ。これ以上言い合う気なら、この部屋から出て行ってちょうだい。邪魔よ」
デイルとリマは顔を見合わせ、どちらからともなくため息をつく。
黙った二人に頷き、ナイーシャが仕切り直した。

「話を戻しましょ。ザクト、あなたの意見はどうなの?」
沈黙し続けていた隣に座るザクトに話を振れば、彼は閉じていた瞳を開け組んでいた手を解いた。
「カリアスが真実を見つけ出すことは、ほぼ想定済みでありましょう。その危険性もわかっていて陛下はスーリャさまを会議に出席させた。違いますか?」
向けられたザクトの視線を真っ向から受け止めて、シリスは顔を歪めた。
「そうだ。結果だけを俺から聞くよりも、我が国の現状をじかに知ってもらいたかった、という意味もあったが……囮に使った、と言ったら怒るか?」

乱雑に頭を撫でる手を退けて、スーリャがシリスを見上げる。
「別に。何かあるだろうとは思ってたから」
うかがうように自分を見るシリスに、スーリャは肩を竦めてみせた。
「……わかった上で出たのか」
いささか驚いた表情になりシリスが呟いた。その声を聞き取ったスーリャが、しれっとした態度で言葉を口にする。
「なんとなく、だけどね。シリスの態度がいつもと少し違ったし、ああいう公の場は今まで俺とは無縁だっただろ? それなのにいきなりそんなことを言い出すから、何か裏があるんだろうなと思っていたんだ」

「……しっかり読まれてるな。この先、確実に尻にしかれるぞ、あいつ」
ぼそりと窓際で呟かれたデイルの言葉は、幸か不幸かシリスにもスーリャにも聞こえなかった。けれど、彼のすぐ側にいたキリアにはしっかりと聞こえてしまい、つい噴出してしまった彼をスーリャが不思議そうに見る。
それになんでもないと言うようにヒラヒラと手を振り、キリアは表情を引き締めた。

「あのおっさんがどんな反応をするかなんて俺には想像もつかないけど、それでも俺の命を狙うなんて行動には出ないだろ? そうならあんたは俺をあの場に連れ出さなかったはずだ」
スーリャの「おっさん」発言に緩んだ空気が、そのあとの言葉で瞬時に張り詰めた。
「そうだ。カリアスがそういう行動に出るとは考えていない。ただスーリャに危険がまったくないとは言えない。色々厄介な相手ではあるからな」
シリスが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「だから、スーリャの周りの警備を強化したい」

その言葉にスーリャは思い切り顔をしかめ、
「今までと同じで十分だろ? そんなことをすれば余計に怪しまれる。それに俺は守られるだけの人間でいるつもりはない」
きっぱりと拒絶の言葉を口にする。
「そう言うと思った。だがな……」
「これ以上はいらない。俺にだって戦える術はある。剣の腕だってそこそこまで上達した。だから、大丈夫」
スーリャはシリスの言葉を遮り、いっきにまくし立てた。そんな彼の頭を、シリスはなだめるように撫でる。

「落ち着け。何もスーリャの力を疑っているわけじゃない。ただ心配なんだ。できる限りの用心をした方がいい」
言葉通りに心の底から心配だと、シリスの表情が訴えていた。
二人の間に流れ始めた微妙に甘い雰囲気を、他の面々は微笑ましく、あるいは興味深げに見物している。
シリスの表情に少しだけスーリャは怯んだが。
「……あんたは過保護すぎ。俺にはこれ以上必要ない」
「だが――」
「俺は男だ。か弱い女の人とは違う」
頑固に主張を通し、スーリャはムッとした様子でシリスを睨みつけたのだった。

結局、折れたのはシリスだった。
「わかった。現状通りで行こう」
大きなため息をつき、
「ただし、今まで以上に行動には気を配ること。一人では行動しない。それを徹底して守ってくれ。ラシャもキリアもしっかり見ていてくれ」
普段スーリャの側にいる二人に念を押す。ラシャは微笑み、キリアは姿勢を正して頷き、了承の意を伝える。
「……俺は子供か」
隣から憮然とした小さな呟きが聞こえ、シリスは苦笑した。
「俺としても子供では困るんだがな」
スーリャにだけ聞こえるように耳元で囁く。彼の顔が見る間に赤くなった。
「勝手に言ってろ!」
スーリャは場の状況も忘れ、捨て台詞を残して逃げ出すように部屋から出て行ってしまった。その後をキリアとラシャが慌てて追いかけた。



「……さて。スーリャにはああ言ったが、気づかれない範囲で警備を強化する。デイル、いいな?」
スーリャが完全に去ったことを確認してから、シリスが口を開いた。その顔からは笑みが完全に消え、国を治める王の、冷酷な一面がのぞいている。
「ああ。そのように手配する」
デイルも表情を改め、将軍としての顔になって答えた。

「ナイーシャさん。それで例の物の出所だが、何かつかめたか?」
「それが、なかなかね。あと少しだけ時間をちょうだい。絶対に尻尾をつかんでみせるわ」
シリスは目を閉じ、少しの間だけ思案する。
「……わかった。だが、急いでくれ。たぶん時間はあまり残されていない」
その言葉にナイーシャの表情が陰った。
「ええ、そうね。わかっているわ」

「では――」
言葉を濁し、ザクトが物問いたげな視線をシリスに向ける。
「ああ。そういうことだ」
肯定したシリスに、ザクトは重々しく息を吐いた。
「シリス、考えを変える気はないのですね?」
沈痛な面持ちで問うリマに、シリスは苦く笑った。
「俺はスーリャを信じている。だけど、もしもその時が来たらなら、その決断をする。それは前から決めていたことだ。スーリャに会う前からな」
「スーリャが泣きますよ?」
「……その決断を下す時が来ないことを、俺は願うだけだ」
そう言うシリスの顔はただ静かに前を見据え、すべてを受け入れている顔だった。





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2007/01/01
修正 2012/02/04



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