天の審判者 <35>



急に勢いをなくし萎れた花のように押し黙ってしまったスーリャに、キリアはため息をつき、
「陛下に告白でもされたか?」
誰かに聞かれては少し困る話なので、彼にだけ聞こえるよう小さな声で告げた。スーリャは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、マジマジとキリアを見つめる。
「図星か」
実にわかりやすい反応にキリアは独り言ち、聞く態勢を整えるように手前で軽く手を組む。
「それで返事に困ってるって所だろ?」
なぜわかったと目で問うスーリャに、キリアはにっこりと笑い返した。
「スーリャはわかりやすい。無意識の表情や態度に思ったことがそのまま出るから推測もしやすいな」
その答えにスーリャが憮然として、軽く彼を睨みつける。

「俺が馬鹿正直ってこと?」
「いいや。素直だってことだろ」

気持ちを切り替えるように、スーリャは深く息を吐き出した。
「……返事は急がない。そう言われたんだ。でも、あれからだいぶ経っている。いくら急がないとは言っても、このままずっとっていうわけにはいかないだろ? でも、受け入れることも拒否することもできない。返す答えが見つからないんだ」
ポツリポツリと吐き出された言葉の端々から、途方に暮れる彼の思いが伝わってくる。
「嫌か?」
簡潔に訊ねたキリアに、スーリャは首を振った。
「そうじゃない。でも、そういう意味で好きかって聞かれたら、わからないとしか答えようがないんだ」

今の状況がシリスの好意に甘えているだけだとわかっている。けれど、この曖昧な関係は、スーリャにとってとても居心地がよかった。
シリスは言葉通り、スーリャの答えを急かさない。
彼はスーリャの答えを自ら求めなかった。ふとした瞬間に自分の想いを告げたとしても――。

「それにシリスも俺も男だし」
自分に言い聞かせるかのように呟かれたスーリャの言葉に、キリアはしばし思案して口を開いた。
「……こんなこと聞くのもなんだけど、後継ぎはどうするって?」

シリスもスーリャも男だ。
このままでは二人の間に子供は望めない。それは後の火種になり得る。
それにある例外を除き、同性婚は認められていない。ただ、同性の恋人を持つことは別に珍しくもなかった。
ジーン王国では身分に関係なく、本人同士の気持ちが一番に尊重される。たとえ国王だろうと、それに例外はない。
なので、キリアは二人がまとまることに関しては異存がなかった。

「リマの子が後を継げばいいって。だから、別に自分に子供がいなくてもいいって言ってたけど、それはちょっと」
王として問題だろ?
小声で返された言葉に、なるほどとキリアは頷いた。
殿下の所では、もうすぐ子供が生まれる。その子が後継ぎとなれば、王に子供がいなくても問題ない。
多少は揉めるかもしれないが、あの人達にかかればすぐに鎮圧するだろう。
キリアにはその様子が容易に想像できた。

「そういうことなら気にする必要もないだろ? スーリャは何がそんなに引っかかってるんだ?」
「……普通、同性は対象外じゃないか」
目線をそらし、スーリャは小さく呟いた。
「そうなのか?」
そこまで気にすることかと不思議そうに首を傾げたキリアを、スーリャが奇妙なモノでも見たかのように見る。
「スーリャが元いた場所がどんな所か知らないけど、ここは性別の区別が大らかなんだよ。子供の時は男性、女性、中性、両性の四種類の性別があるし、中性は途中で性別が変わるし、元々性別を持っていた人間だって、成人後数年で変わる人間も稀にいる。だから、こだわらない人間の方が多いんだ」
説明すれば、スーリャは複雑な顔をして押し黙った。

「それで、まだ引っかかってることがあるんだろ? この機会に全部吐き出せよ」
ほれほれとうながすキリアを、覚悟を決めたのかスーリャはまっすぐに見た。
「キリアはキリアの好きな人に“好きだ”って言われたから付き合ってるわけで、結婚まで考えてるんだよな」
ゆっくり考えながらスーリャが言葉を紡いでいく。
彼が何を言いたいのかいまいちわからなかったが、キリアはとりあえず頷いた。
「まあ、そうだな」
「だよな。普通、そういうものだろ? 俺、シリスの気持ちがよくわからない」
伏せられた瞳と力なく落とされた肩。
「まさか……言われたことない、とか?」
コクンと頷いたスーリャを食い入るように見つめ、キリアはつかみかかる勢いでぐいっと顔を近づけた。
「一度も、か?」
また小さく頷いた彼に、キリアは驚きの声を上げる。
「告白されたんだろ? いったいなんて言われたんだ」

ようやっと詳細を語りだしたスーリャの話を真剣に聞いていたキリアは、すべてを聞き終えて唸った。

まったく陛下は何をやってるんだ。
単純でありふれていようと、肝心要な言葉を告げていないとは。
これだから、男ってやつは――。
等々。

ひとしきり心の中で悪態をついてから、深いため息をつく。
「わかった」
何が? と首を傾げるスーリャの鼻先に指を突きつけ、
「まずは気持ちを訊け」
キリアは居丈高に命令したのだった。
「今のままじゃ、出る答えも出ないはずだ。今日も夕食は一緒になんだろ? なら、その時にでも訊け。いいな!」
「でも……」
「いいから、訊け。何がなんでも、訊いてみろ」
渋るスーリャだったが、キリアが主張を変えることはなかった。

「陛下の気持ち、知りたいんだろ?」

そう問われれば、否定することはできない。
スーリャは小さく頷いたのだった。

キリアは気づかれないように小さく息を吐き出す。
自覚はまだないようだが、スーリャはシリスが好きなのだ。恋愛対象として。
「好き」という言葉を相手に求めるのも、返事に迷っているのも。
突き詰めるまでもなく、答えはもう出ている。ただ自覚がないだけで……。
いずれは自分で自覚するだろうが、この場でそれを指摘して彼に自覚をうながさないのは、キリアの王に対するちょっとした意趣返しだった。

まったくもって順番が違う。
プロポーズする前に、“好き”の一言くらいあるべきだ。

スーリャを余計なことで悩ませたのだから、彼がゆっくりと自分の答えにたどり着くまで待たしておけばいいのだ。
その時はそれほど遠くはないのだから――。
目の前でいまだ悩んでいるらいスーリャの顔を眺めつつ、過去の自分を重ね、キリアは彼の心境を憂えたのだった。





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2006/09/10
修正 2012/02/02



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