天の審判者 <28>



予定よりも数日多くかかったが、それでも会合は順調に進んでいた。互いに腹の底で何を思っていようと、表面的には平和に話し合いは行われている。
こういう探り合いはシリスよりも、リマの方が向いている。重要なものである以上、本来ならリマが赴くはずだった。
それを急遽、多少強引に押し切って自分で行くことにしたのはシリスだ。
いまだ排除しきれていない狐や狸を相手に腹芸をしてきたお陰で、シリスにも対処は可能ではある。
ただし、彼はそういうまどろっこしいことが嫌いだった。
要するに、性格的に向かなかったのだ。

今まで相手にしてきた狐や狸よりも数倍も手強いフィルズ相手に、告げたいことをほとんど言ってしまったシリスは、とりあえず肩の荷を下ろし、一人になった室内でほっと息をついた。
そして、窓の外を見る。
月に照らされ、ほんのり明るい闇に街は静まりかえっているようだった。けれど、この街にはこれから活気付く場所があることをシリスは知っている。闇市という、法にすれすれ、または法に違反する代物を扱う市がレグイアにはあった。
それをこっそり調べに行く。それが今回のもう一つの目的だった。
あれもダメ、これもダメでは商売が成り立たない。
物の流れ、人の流れができてこそ栄えもする。
それがわかっているから、シリスはここでの多少の違法は目をつぶることにしていた。けれど、あまりにも度の過ぎたものは後の憂いを考え早めに潰す。
今日はそのための下見だった。

王のやることではないのだが、シリスは好んでこの役を自ら買っていた。
それは単に、人に紛れてその生活模様を自分の目で確かめたかったからだ。
裏に埋もれかけた部分まで。
個人行動など言語道断、ましてや闇市など行かせられるかとリマがいればすぐにお説教が降ってくるのだが、今は側にいない。この状況を幸いとシリスは気配をなるべく断ち、音を立てないでそっと扉を開けた。
隙間から扉の外をうかがい、廊下に誰もいないことを目で確かめる。
それから人一人が通れるくらいに扉を開け、滑るように廊下に出て、音に注意しながら扉を閉める。そして、足音を立てないように廊下を歩き、空き部屋に入った。
出入り口の扉から出入りすれば、足がつきやすい。だから、シリスはその部屋の、見張りの死角になる窓から外へ出たのだった。

滞在用の館から十分に離れた所で、シリスは詰めていた息を深く吐き出した。
今夜は無事抜け出せた。
安堵して、夜の街をゆっくりと歩き出す。
シリスはデイル以外の他の護衛なら、もし見つかったとしてもそれなりに誤魔化せる自信があった。
問題はデイルに見つかった時だ。
彼にはシリスの嘘も誤魔化しもまったく効かない。類は友を呼ぶとはよくいったもので、リマの友人だけあって、デイルにシリスは口で勝てなかった。剣の腕はほぼ拮抗しているので、実力行使にも出られない。

リマほど口煩くはないデイルだが、将軍位におり王を守る立場である彼は、性格の割りに職務は真面目にこなす人間だった。普段から地方を飛び回っているので、将軍として顔が知られている可能性もある。
そんな彼を引き連れて闇市に行けるわけもなく、本日やっとシリスはデイルの監視をかわすことができたのだった。
ちなみに成功の前に三回見つかり、部屋に連れ戻されている。目くらましを使えば簡単にまけるのだが、そうするとばれた時に色々と都合が悪い。
なにせ、今はジーン王国の使者、宰相補佐の肩書きを持っている。術を使える人間は少なく、その線から偽りを見破られる可能性もある。目にかけた幻術は別のものを使えば解けてしまうのだ。
そして、それをやり直すには少し時間がかかる。
もしもその時に金色の瞳を見られてしまえば、それでシリスの正体がわかってしまう。ここにはいないはずのジーン王国国王がいることを知られるのはなんとしても避ける必要があった。
なので、滅多なことでは術を使えない。それこそ緊急事態でも起きない限りは。
多少不自由だろうと、それは仕方のないことだった。



身を守るために剣を腰につるし、シリスは闇市を見て回る。
そこそこの賑わいを見せる闇市で扱う物は、千差万別。表の市でも扱える代物から、違法物まで様々だ。普通に毒薬なんかも売っている。まあ、使い方によっては薬にもなる物ではあるが――。
並ぶ店々を冷やかし客よろしく見物しながら、取り扱っている代物を観察していく。取締りの対象になる物はこの闇市ではそこら中ゴロゴロしているのだが、その中で特に悪質と認識しシリスが早々に潰すと考えている商売は二つ。
麻薬と奴隷。
それを商いとする店は、国の威信にかけて見逃すわけにはいかなかった。

ぶらぶらと何気なく一通り回って何もなかったことに、とりあえずシリスは安心した。さて帰るかと踵を返しかけて、視界の端をよぎった色に足を止め、いぶかしげにその先を目で追った。
夜の闇にも沈まない見事な銀髪。
ここは国境の街で色々な人間が集まる場所なのだから、銀髪の人間の一人や二人……幾人いてもおかしくはないのだが、それでもあれほどの銀髪はそうそうお目にかかれないはずだ。
遠目では顔まではっきりとわからなかったが、背格好から考えてここ毎日のように顔を合わせていたヴィア帝国皇帝の側近、皇帝補佐その人だろう。
こんな時間にこんな場所でいったい何をやっているのか。
シリスは自分のことを棚に上げ、消えた姿を探しにそちらへと速足で向かったのだった。

人気のない路地に、複数の足音と金属のぶつかる音。
向かった先でシリスが見たのは、複数の男達に囲まれたフィルズの姿だった。
争い事は厳禁とリマに嫌になるほど言い含められていた手前、シリスは一瞬見なかったことにして踵を返そうかと本気で思った。だが、ここで無闇にフィルズを見殺しにして、あらぬ容疑を先方にかけられ、戦でも始められたらたまったものではない。
そう考え直して、彼はため息と共に仕方なく剣を抜いた。
「……あ〜あ。ばれたら、まずいよなぁ」
小さくぼやきつつ、気配を殺して近づき手近にいた一人を斬った。
殺すのはまずいので、しばらく身動きできない程度に伸す。うめいて倒れた男を尻目に、シリスは的確に剣を振るい、次々と男達を地面に転がしていったのだが、ふと気配を感じて頭上の建物を見上げた。

フィルズからは死角になる影の部分に、一人の男が弓を構えている。矢じりの先はフィルズを向き、いっぱいに引かれたそれは放たれる寸前だった。
剣で男達を地面に沈めているフィルズは、弓の存在に気づいていない。それを瞬時に判断したシリスは、とっさにフィルズの周りに防壁を張った。
確実に急所を狙って放たれた矢は、なんとか間に合った防壁に弾かれて地面へと転がる。
時を同じくして、シリスは懐に隠し持っていた短剣を弓矢の男に放った。腕を刺された男は状況不利を悟って、姿を消す。
逃げられたことにシリスは柄悪く、小さく舌打ちしたのだった。





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シリスの動向その3。
2006/07/30
修正 2012/02/02



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