天の審判者 <23>



あの後、スーリャはひたすら悶々と悩んでいた。けれど、身体は正直なもので、いつの間にか眠っていたらしい。いつものようにラシャに起こされて目覚めたスーリャは、すっきりな目覚めとはほど遠い朝を迎えたのだった。
今日は昨日ほどではないものの、相変わらず過保護な彼女達は大事を取ってスーリャに部屋でおとなしくしているように言った。
当然、勉強も無しで。

そうして数時間。
スーリャは暇を持て余していた。
もう本を読むのにも飽きてしまった。
午後の休憩のお茶を持ってきたラシャも、今は側にいない。一人になれば、自然と昨日の出来事が頭をちらついて――。
シリスが現れたらどうしようと、スーリャは頭を抱えたのだった。

そもそも、あれは何?
否。そうじゃない。
行為自体はわかるけれど、なぜ、シリスが、自分に、したのかが、わからない。
あの時のシリスはどこかおかしかった。
その延長がアレか?
やっぱりわけがわからない。

何度も繰り返し同じような疑問が頭を過ぎり、最終的に同じ答えを出してスーリャは深くため息をついた。
結局、シリスに訊かなければ確たる答えは出ないのだ。
冷めてしまったお茶を口に運び、スーリャは気分を落ち着かせようとした。
その時。
部屋の扉をノックする音が聞こえ、スーリャはビクリと肩を揺らす。
入室を求めるラシャの声にホッと息をついて返事をしたのも束の間。
ラシャの後ろから現れた、いつもと変わらない様子のシリスの姿を見て、スーリャは身体を強張らせた。
「すぐにお茶をお持ちしますね。スーリャさまには新しい物を」
ラシャがスーリャの異変に気づいたのか。気づかなかったのかはわからない。
彼女はそう言って、部屋を出ていってしまった。
当然ながら、部屋に残されたのはスーリャとシリスのみ。
その状況にスーリャは内心、パニック寸前だった。

「元気そうじゃないか」
アタフタと視線をさまよわせるスーリャを別段気にした風でもなく、シリスはいつも通りだった。いつもと同じように彼に話しかけ、向かいあった椅子に腰掛ける。
その変わらない様子に、少しだけスーリャは冷静さを取り戻した。

昨日のアレは様子がおかしかったせいかと心の中で片をつける。
思い切り悩んだものの、この雰囲気を壊してまで聞きたい話じゃない。
というか、自ら話したい話題ではない。
それならなかったことにする方が、よほど気が楽だった。

「別に病気だったわけじゃない」
ナイーシャとラシャに今まで病人のように扱われ、シリスにまで同じよう扱われるのかとスーリャは憮然とした。そっぽを向いた様子が拗ねているようで、シリスは小さく笑う。
「それはそうだろうが、半日高熱にうなされて、それから三日間も眠り続ければ心配くらいするだろ?」
スーリャがシリスの顔を見れば、彼は穏やかなやさしい顔をして笑っていた。
きれいな金色の瞳も、穏やかな色を湛えている。
それを見るといつも安心するのに、今日はどことなく居心地が悪くなった。

ラシャが戻ってきて、スーリャとシリスの前に温かなお茶を置き、茶菓子を追加して、いつものように去っていった。
彼女はスーリャがシリスと一緒にいる時は、側にいない。
そんなこといつもは気にならないのに、些細なことが気になって仕方ない。
シリスと二人きりの空間は落ち着かなかった。
「それは……心配させて悪かったよ。でも、俺だって丸三日も眠っていたって聞いて驚いたんだ。あれは全部、ルー・ディナが悪い。文句ならあいつに言え」
スーリャはその気持ちを押しやるように、シリスの言葉に返事をしたのだった。

「あいつだなんて。仮にも古代神の一人に向かって……」
呆れを含んだ声に、スーリャはブスッとふくれる。
「あいつで充分なんだよ。そういうあんただって大して敬ってないだろ?」
その返答については肩を竦めるだけで答え、シリスは別のことを問い掛ける。
「夢の中でルー・ディナに会ったと聞いたが、何を話したんだ?」
「……ナイーシャさんに聞いてないの?」
「詳しくは」
頷くシリスに、スーリャはナイーシャとラシャに話した内容をシリスにも説明した。

自分をこの世界に連れてきたのは、やはりルー・ディナだったこと。
ルー・ディナの頼み事を引き受けたこと。
それのためにルー・ディナの力を受け入れたこと。
自分に関する記憶がないのは、頼み事をする代わりに出した自分の条件だったこと。
それが完了すれば、記憶は戻ること。

そして、話した後に彼女達には話さなかったことも付け足す。
ルー・ディナを偉大な古代神として敬っているナイーシャに言うには忍びなくて言えなかったが、スーリャは誰かに話を聞いて欲しかったのだ。
自分の受けた精神的な疲れの原因を。
説明している間にすっかりいつもの調子に戻った彼は、シリスがどんな反応を示すかを思い浮かべながら、悪戯を思いついた子供のように笑った。

「あんたなら言っても大丈夫だとは思うけど、ルー・ディナって全然神さまらしくなかったんだ」
「神さまらしくない?」
「そう。俺をこっちの世界に連れてきて、自分の力を分け与えて、この地で目覚めた禍を自分の代わりに消してくれ、なんて言うと真面目で博愛主義のこれぞ神さまって感じだけど。実際の性格は、天然ボケなんだよ」
「は?」
さすがのシリスも驚き、呆けた顔をさらす。
その表情で自分の与えられた打撃の憂さ晴らしができたことに少し満足して、スーリャはさらに言葉を続けた。
「しかも、月の女神なんて言われてるのに、姿は男だった」
「………」
シリスは視線をあらぬ方にさまよわせ、スーリャの言葉を噛み砕き、なんとか飲み込んで理解した。

「……神、だからな。姿はなんとでもなるだろ」
「まあそうなんだけど。本人もどっちにでもなれるって言ってたし。でも、月の女神なら、普通、女の神さまだと思うだろ? そもそも月の女神だなんて言うからおかしいんだ。なんで月の神ってつけなかったんだよ」
ブツブツと文句を言うスーリャに、シリスは苦笑した。
「さあな。先人の考えたことだから、俺は知らん」
お茶を一口含み、ゆっくりと飲み下した後、シリスは表情を改め真剣な顔でスーリャを見た。





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2006/07/23
修正 2012/02/01



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