天の審判者 <19>



「そうだね。そこからもう一度説明しないとわからないよね」
心底すまなそうな顔をして、ルー・ディナは言った。
「僕が頼んだのは君を送った場所、ジーン王国と言ったね。そこに存在している禍の芽を消してきて欲しいということだよ」
「禍の芽?」
「そう。それがどんな形をしているのか、僕にはわからない。でも、確かにあの地で禍の芽は目覚めた。今は芽で済んでいるからそれほど大きな異変はないけれど、いずれあれが大きな禍をもたらすことになる。だから、今の内に消して欲しいんだ」

「なんで俺にそんなことを――」
「僕が直接消しに行けたらよかったんだけど、制約に縛られてそれはできないんだ。それにあれは今、カイナで生きている人間には消滅させることができない。できるのは、せいぜい進行を遅らす程度。消すためには僕の力が必要なんだ。でも、僕の力に耐えられるのも、扱えるのも、僕達の魂に連なる者でなければ無理。今、それができるのは君しかいなかった。だから、君には悪いとは思ったけど、付き合ってもらうことにしたんだ」
そう話す間、なぜかルー・ディナは後ろめたそうな顔をしていた。

「僕達? 魂に連なる者?」
「僕とあの人が愛し合った証。混ざりすぎてわからなくなるまでの数代の子孫の魂までは、特徴があって転生しても僕には追える。必要なのは、僕の力に耐えられる魂の器と扱うことのできる身体。魂だけでは駄目だし、両方が揃っていても赤ちゃんやお年寄り、病人じゃあ無理。すべての条件がそろっていたのは君だけだった」
途方も無い話に、スーリャは眉間を寄せた。
「それじゃあ、あんたは俺のご先祖さまってこと?」
ルー・ディナは曖昧に首を振った。
「どうだろうね。肉体的な意味ではまったく血は繋がってないよ。だけど、君の持っている魂は僕達の間で生まれた子から新たに生まれたものだから、そうとも言えるのかな」
「よくわからない」
スーリャの眉間の皺が深くなるのに、ルー・ディナは苦笑した。
「気にしないでいいよ。僕の力を僕の代わりに扱ってもらうために君が選ばれた。それだけ理解していてくれれば、他は別に構わないから」
そして、なぜか姿勢を正して、ルー・ディナは正座をした。

「君には本当に悪いことをしていると思う。平和に暮らしていた所を僕の我が侭で頼み事をしてこっちの世界に連れてきて、僕の代わりに厄介事を何とかしてもらおうだなんて、本当に自分勝手な話だと思う。ごめんね。それでも僕は手段を選んでいられないんだ。僕の力の及ぶ限り君を守るから、お願い。引き受けて欲しい」
土下座する勢いで頭を下げるルー・ディナに、スーリャは呆気に取られた。
「……頭を上げて。覚えてなくても一度引き受けた以上、やることはやるよ」
上げられた顔に満面の笑みを浮べ、ルー・ディナはスーリャの両手を取った。
ブンブンと振り回す勢いで手を握り、歓喜を露わにしている。

一段落ついた所で、それをやんわりと外して、
「そこまでしてカイナを守りたい理由って何か聞いてもいい?」
スーリャは不思議そうに訊ねた。
「薄情だと言われても当たり前のことだけどね」
ルー・ディナはカリカリと頬をかいた。
「僕はカイナを守りたいわけじゃないんだ。僕が守りたいのは、あの人。僕の行動はカイナを愛し、その為に自らの命まで使って、魂だけになってもいまだに世界を守り続けているあの人にまた会いたい、という自分勝手な思いのため。禍はあの人のお陰で一度は眠りについた。それと一緒にあの人の魂も眠りについた。時と共に少しずつ目覚め始めた禍がすべて消えれば、あの人の魂はカイナから解放される。あの人にもう一度会えるなら、僕はなんでもするよ」
熱烈な告白を聞いて、スーリャは困ってしまった。
うれしそうにルー・ディナが笑うものだから、気まずく目線をそらす。
聞いているこっちの方が照れる。
一つの世界の命運が極個人的な理由で救われているなんて、なんとも複雑な心境になる話ではあるけれど。
それでも善意を振りかざした理由よりも、こちらの方が好感はもてる気がした。

「あと一つ。もし……。もし俺がその禍の芽っていうのを消せなかったら、どうするんだ?」
絶対にできると宣言できるほど、スーリャは自信もないし、過信もしていない。
ルー・ディナは曖昧に微笑んだ。
「僕はどうもしない。ただ事が済むのを見守るだけ」
その笑みを見て、スーリャは底知れない薄ら寒いものを感じた。
「禍は君の言う、ジーン王国を巻き込んで滅ぶだけ。その地の被害は甚大なものになるだろうけど、それでも時が経てばまた蘇る。たとえ同じ物ではないにしても。あの人の目覚めも少し遅くなるけど、それは仕方のないこと。だから、君は気にしないでいいんだよ。どんなことになろうとも君のせいじゃない。君のことは僕が守る。責任を持って、元の世界に返してあげるから安心して」

穏やかな声とそれとは正反対の残酷な言葉。
月が日々見せる顔を変えるように、これもまたルー・ディナの一面なのだと思い、スーリャは力なく首を振った。
色々な感情がない交ぜになって、言葉が出てこない。
それがひどくもどかしくて、顔を歪める。

「……僕らは万能じゃない。神なんて言われていても、所詮、できることは限られているんだ」
手を伸ばし、そっとスーリャの頬を撫でて、ルー・ディナは困ったような顔をする。
「でも、君にそんな顔をさせるのは僕の本意じゃない。そんな悲しい顔をしないで。きっとそんなことにはならないから。この話を聞いてそんな顔をする君だからこそ、大丈夫。ねっ。神さまの僕が言うんだよ。少しは信用して欲しいな」
根拠のない大丈夫。けれど、自信たっぷりな物言いはスーリャの心を少しだけ軽くした。それが顔に出て、微かな笑みを作る。
ルー・ディナはホッと吐息をついて、微笑みを返したのだった。

「それでね。君には僕の力を受け取って欲しいんだ。心の準備はできてる?」
「は?」
スーリャは間抜けな返事をして、ルー・ディナをマジマジと見つめた。
「君は覚えてないだろうけど、まだ、僕の力は渡してないんだ」
意外な言葉に、スーリャは目を見張る。
「肉体を持って世界を移動するのは、いくら特別な魂を持っていても衝撃がそれなりにあってね。僕の力を受け入れるにも、かなり衝撃があるらしいんだ。そんなことをいっきにやったら大変なことになるよね。だから、その衝撃が緩和されて、カイナに馴染んだくらいにいつも力を渡すようにしていたんだよ」
ずいぶんと危ないことを知らず知らずの内にさせられていたらしい、と思うのは間違いだろうか。
その思いを引きつった顔から読み取ったのか。
ルー・ディナはアハハとわざとらしく笑い、
「大丈夫、大丈夫。君は僕が守るって言ったよ。それに無事だったでしょ?」
手をヒラヒラと振った。

自分はあの世界に空から降ってきたらしい。そして、溺れた。
それを助けたのはシリスであって、目の前の青年ではない。もし彼がいなかったかったら、今頃自分はどうなっていたか。
じとっと疑わしくルー・ディナを見れば、彼は気まずそうに視線をそらした。
言い訳をするつもりはないらしい。
その様子にスーリャは吐息をもらす。
「……それで俺はどうすればいい?」
ルー・ディナがスーリャの顔色をうかがうように見た。
「大丈夫?」
心配そうに問われても、何を今更といった感じでため息しか出ない。

「僕の力は諸刃の剣と同じ。使い方によっては癒しにもなるし、破壊にもなる。それは君の強い意思次第」

前に差し出されたルー・ディナの両手の間に、白っぽい光の塊が現れた。
それはまるで月の光を凝縮したかのような、ぼんやりとしたやさしい感じのする光りだった。
「僕ができる限り、爆発しないように押える。それでも君の強い意思に押し切られてしまう可能性もあるんだ」
スーリャはうながされるまま、その光を受け取った。

「だから、忘れないで。この力は誰かを傷つけるかもしれないということを――」

スーリャはその言葉に頷き……意識を失った。





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2006/07/15
修正 2012/02/01



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