天の審判者 <15>



スーリャが自力で身を守るための術。それは――。

彼が剣などを扱ったことが無いのは、その手や動作を見れば一目瞭然だった。
そもそも華奢な身体つきであるスーリャは、剣を扱うのにあまり向いていない。
今から鍛えるにしても、時間が掛かり過ぎた。そこそこの腕前になるためには、最低でも数年は費やさなければならないのだ。
けれど、それでは遅すぎた。何よりスーリャは別の才能を持っていた。
ナイーシャはそれがわかっていたので、初めからそちらを伸ばすことを選んだ。

「スーリャの世界には、不思議な力を持つ人なんていたかしら?」
ナイーシャは訊ねた。
まずはスーリャにどの程度の知識と自覚があるか、知る必要があったのだ。
「不思議な力? 霊能力や超能力みたい力を持った人?」
スーリャが不思議そうな顔をして首を傾げる。
「れいのうりょく? ちょうのうりょく?」
聞き慣れない単語に、ナイーシャも首を傾げる。
「う〜ん。なんていうか、死んだ人が見える人とか、手を使わないでスプーン折ったりする人? それが何? ここでもそんな人がいるの?」

「死んだ人が見える、とかは無いわね。でも、そういう力じゃないけど、あなたの中にも不思議な力が眠っているの」

ナイーシャがそう本題を切り出せば、スーリャがキョトンとした顔になった。
「俺、普通の人間だと思うんだけど……」
いつかも言った言葉を口にして、彼は憮然とする。
「そうね。普通の人間よ。でも、あなたが自分の身を守るためには、その力が必要なの」
「だから、俺にはそんな力なんて無いって」
「いいえ。あなたは月の女神の愛し子。だから、あるの。ただ、まだ眠っていて使えないだけ。使い方を知れば、徐々に使えるようになるわ」

スーリャは黙った。
眉間に皺を寄せ、ナイーシャの顔をじいっと見つめている。
「力を使えるからって、普通の人間と違うわけじゃないのよ。そんなことを言ったら、私もシリスも普通の人間とは言えなくなってしまうわ。あなたの目から見て、私やシリスは人間以外に見える?」
思ってもみなかった問い掛けに、スーリャは驚いた。
「シリスもナイーシャさんも、何か不思議な力があるの?」
今までそれを彼らは自分の前で使っただろうか。
記憶をたどっても、これといって思いつかない。
「そうね。あまり大した力ではないけれど、私の場合は癒しに特化しているかしら。ちょっとした怪我なら簡単に治せるわ。とはいっても、万能ではないからそれなりなものしか癒せない。これは、元々その人が持っている治癒能力を意図的に活発化させるものなの」
大した力ではない、だなんて。
そんなことができるとしたら、それはすごいことだと思う。

「あとはそうね。あなたがこの部屋に初めて来た時、私が遮断をしていたのを知ってる? あれはね。聞かれたくない話をする時なんかに便利でね。張った外に声は一切もれないの」
あの時、確かにそんな言葉を聞いた気がする。
「その他にも小技は色々あるけど。シリスはよく目くらましを使うわね」
ナイーシャは楽しそうにクスクスと笑う。
「目くらましって、そのままの意味?」
なんとも情けないような単語に、スーリャが気の抜けた問いをすれば。
「そうよ。言葉で言うのは簡単だけど、あれは手間がかかって益の少ない、いまいちな方法なのよ。害のまったくないやさしい方法ではあるけど。私は力が足りないせいか使えないわ」
「ちなみにその活用方法は?」
「ほとんどシリスが脱走する時ね」
心底楽しそうな顔をしているナイーシャとは反対に、スーリャは呆れてしまった。
王さまがそれでいいのか?
この国の行く末が少しだけ心配になったスーリャだった。

「たぶんあなたがここに来た時も使っていたはずよ。ここに来るまで誰とも会わなかったでしょ?」
スーリャが頷く。
あの時、不自然なほど誰とも会わなかった。
それはシリスの仕業だと、リマが言っていたことを思い出す。
あれはこういうことだったのか。
「そうでしょ。それでも勘のいい人は気づくから、なるべく人のいない道を通ってきたとは思うけど。あれの不便な所は気づかれる可能性があるってこともそうだけど、一番の問題は目くらましの影響をその場の全員が受けてしまうことよ。使った本人まで掛かるんだから、本末転倒よね」
スーリャが言葉の意味を理解するのに、少し時間が掛かった。
それって――。
「自分も相手の姿が見えないってこと?」
まさかと思いつつ訊けば、
「そうよ。本当にとんでもない術でしょ。もし私が使えたとしても、余程のことがない限り使わないわ」
あっさりとナイーシャは認めた。
「じゃあシリスにも相手は見えていなかったってこと?」
「そうね。でも、あの子は大丈夫よ」

何が?
スーリャは心の中で呟いた。
それが聞こえたわけでもないだろうに、ナイーシャがやさしく微笑み言った。
「見えないだけで、感じることは出来るから」
意味がわからず、スーリャは首を傾げる。
「シリスはその点の感覚がすごく鋭いの。やろうと思えば、一定の距離間にいる人の数をまったく見ないで数えることも出来るでしょうね。慣れ親しんだ人なら、その人の持つ気だけで判断できるって言うし。あっ。気っていうのは、人間一人一人が持つその人特有の波長みたいなものね」
そんなことが出来る人間を、普通の人間と例えて良いものなのか。
ナイーシャの説明に、スーリャの内側でそんな疑問がトツトツとわき上がる。
「……そんな芸当、俺には絶対にできない」
ぼそりと呟かれた言葉を聞き取って、ナイーシャが陰りのある笑みを浮かべた。
「私にも無理よ。あの子は特別なの」
それは複雑な思いが混ざり込んだ声と表情だった。
何が彼女にそんな顔をさせるのか、スーリャにはわからない。けれど、そのことに触れることははばかられ、彼は別のことを訊ねた。

「そういう力を持つ人って、たくさんいるの?」
ナイーシャが首を振った。
「極少数よ。この国では王族と、私のような血筋の家系に生まれた者の一部だけ」
「じゃあリマも?」
「いいえ。あの子は全然無いの。王族でも稀にそういう人が生まれるらしいけど――」
言い淀み、ナイーシャは困ったような顔をする。けれど、それも一瞬のことで何かを吹っ切るように彼女は笑みを浮かべた。
「さて。おしゃべりはこれくらいにしましょうか。まずは気の流れを感じる所から始めましょ」
「気の流れって……」
そんなことを言われても困る。
スーリャの顔が引きつった。
「これが基本なのよ。そんな顔しないの。コツは――」

やさしそうに見えて実はスパルタなナイーシャの実体をスーリャが知るのに、さほど時間は必要なかった。





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2006/07/08
修正 2012/01/17



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