求婚 <8> |
そんなこんなでようやく本題に入ったわけだが、その話は聖が考えていたよりも厄介事だった。 話の内容自体は難解ではなく、ひどく単純なものだ。ただし――。 「なあ、あんたら本気でそれを俺にやれって言ってるわけ ? 」 ぐったりとソファにもたれ、額に手を当て聖はこの世の終わりの如く嘆く。 もたらされた話は天災であり、人災でもあった。 「……妾達ではもう手に負えぬ。かといって、見過ごせば人の世に被害をもたらす。アレが自然消滅するまでは待てぬ。早急に手を打つ必要があるのは、そなたもわかろう ? 」 楓の言い分は理解できる。 これは普通の人間には対処不可能だ。だが、協会に所属する者は何も普通の人間だけではない。力のある人間も、混血児も、先祖返りも、人外の者もいる。その中に対処可能な人員がいるはずだった。 けれど、この様子だと彼らでも無理だったのだろう。 種族、個体によって、得意不得意、出来る事と出来ない事がある。力があるからといって、全員がこの問題を扱えるわけではない。 こればかりは仕方のないことだ。 ウイの一族である聖は、他の種族よりも色々と融通がきく。出来る事の範囲が他の種族より広いのだ。 けれど、彼にも不得意な分野というものはやはりある。 「よりにもよって、なんで俺が一番苦手な力の微調整が絡むんだよ」 深い深いため息と共に呟かれた聖の言葉は弱り切っていた。 聞けば話は単純。 中心街のショッピングセンター内で、穴が開いたらしい。 穴とはいっても、土で埋めれば済む地面にできた穴ではなく、自然発生した異空・時空間転移に特化した、空間上にできた穴だ。 そんな穴になんの準備もなく入れば、行き先の分からない、二度と帰れない旅路に出るようなもの。それに必ずしも出口があるわけではない。その場合、下手をすると一生、空間の狭間で彷徨うことになりかねない。 発生場所が裏方のあまり人通りのない通路の突き当りだったので、のみ込まれた者がいなかったのは幸いだった。ただ、発見当初は拳ほどだった穴が、いまでは人を余裕でのみ込めるほど拡大しているらしい。 「そもそも、なんでそんなになるまで放っておいたんだ。大きくなる前に対処すればよかったじゃないか」 小さい内なら、協会職員でも対処できる者がいたはずなのだ。 自然発生でこういう穴ができるのは珍しくない。塞いでくれという依頼が協会に持ち込まれることも間々あることなのだ。 「それはこちらの手落ちだ。予測よりも成長が早くてな。対処に行った時にはもう、手に負えない大きさになっていた」 面目ないと項垂れるフジ。 「現場は立入禁止にしておるが、いつまでもその状態で済むか分からん。他力本願で済まぬが、なんとかできぬか ? 」 この通りと頭を下げる楓に、聖がため息をつく。 「なんとかしてやりたいけどさ。俺、細かな力の制御はあまり上手くないんだよ。というか、かなり苦手」 知ってるだろ ? 協会でバイトをしていた頃の聖は、荒事専門でやっていた。要するに、何かをぶっ壊すとかぶっ飛ばすとかぶっ殺すとか……。 基本は体術で。力を使う場合、すべて力量で押し切った。無駄も多いし、けして褒められた使用方法でもないが、ある意味、力も使いようなのだ。 制御が下手な自覚のある聖は、普段からあまり力を使わない。身の危険というなら別問題だが、制御に失敗して収拾をつけるために余分な苦労を負うよりは、初めから使わない方が楽だからだ。 それでも、できないというわけではない。単にリスクが大きいというだけだ。 自然発生した空間を閉じるには、自分で作った異空間の入口とは違って繊細な力加減が必要になる。そんな作業、聖は今までやったことがない。 普段の自分のノーコン具合を鑑みれば……不可能というよりも。 「俺がやったら、たぶん逆に暴発するな」 異空・時空間転移に特化した穴が暴発なんてすれば、聖が収拾をつける頃には確実に被害が出ているだろう。 なんとかしてやりたい気持ちはある。だけれど、加害者にはなりたくない。 室内には、微妙な空気が流れていた。 その様子を想像したらしいフジと楓が呻く。 「そなたのノーコンも変わらぬか」 「うっかり大事なことを忘れていた。ノーコン魔人だったな」 「ノーコン、ノーコン、言うな ! 」 事実だろうと、他人に指摘されるとやはり腹立たしい。 叫んでから、あれ ? と聖は首を傾げる。 「……そういえば協会のバイト辞めてから、まともに力なんて使ったことあったか ? あぁ、侵入防止の結界くらいか」 ふと思ったことを呟けば、二人が揃って脱力した。その姿には構わずに、聖は己の十数年を振り返って力を使った出来事を探す。 引っ越しの時の異空間作成。 荒業だが、いっきに力を放出して無理矢理空間を捻じ曲げて作った。そうすると二、三日は何もしなくてもその空間は維持され、元である聖の存在を認識するので出入り口も好きな所に開けられる。 空間を維持する力が無くなれば勝手に閉じるので、わざわざ閉じる手間が必要ない。 烙に使ったカマイタチ。 あれは無意識のことで、制御も何も行っていない。感情に任せて力が暴発した結果がああいう現象を引き起こしたに過ぎない。 不発に終わったが、食人鬼の相手をしようと拳に込めた力。 あれはいちおう制御、になるのか ? でも体術の応用なので、範疇外に分類。 そうなるとやはり色々と考えながら、まともに制御して力を使ったのは、侵入防止に張っていた結界だけになる。 烙に出会ってなければ、その作業すら必要なかっただろうに……。 そう思いつつも、日々、精度の向上を目指してやっている内に、昔よりも上手く短時間で結界が張れるようになったのは確かで―― その事実を素直に喜べない聖だった。 「……そなた、今までどうやって生活していたんじゃ ? 」 聖のそれていた意識を、楓の問いが呼び戻す。 「へ ? 普通に人に混じって働いて、普通に人間の生活圏で暮らしてた」 「この十数年、ずっとか ? 」 「そうだよ」 大真面目に答えた聖を、楓が呆れたように見る。 「ほんに物好きよのぉ」 どこかで聞いたような言葉を返され、聖は首を傾げる。 人間の場合、生活に力を使うことは少ない。なぜなら彼らの多くは力を持たないからだ。その代わりのように、彼らは多くの道具を生み出した。 人外の者の場合、種族によって違いはあれど、力に依存して生活をすることが多い。その方が何かと便利なのだと彼らは言う。 聖からすれば、道具を使えば力を使わなくても生活できるのだからその方が良いという話になるのだが、その感覚は彼らにはなかなか理解されない。 「俺以外に、誰か他にできそうな該当者はいなかったのか ? 」 脱線しかけた本題に戻って、聖は問い掛ける。 協力者という形で、過去に協会に勤めていた者や本業は別にあって、己の都合がつく場合に限り、協会からの依頼を受ける者もいる。 「……候補はまだ何人かいる。ただ時間との勝負だからな。一番近く、一番力があったおまえに初めに話がいった」 今、こうしている間にも穴は拡大していると言う。だから、一両日中に対処する必要がある、と。 空間転移ができるのは、ほんの一握りの者だけだ。そうなると候補がいるとは言っても、あまり芳しい状態ではないのだろう。 聖自身もまったく空間転移ができないわけではないが、どこにでも行けるというわけでもない。ポンポンとどこにでも、他人の結界を通り越したり消したりしながら空間転移をするような、そんな非常識なことを平然とやってしまう烙の方がおかしいのだ。 聖は深く息を吐き出す。 この問題も、烙なら対処できるはずだ。けれど、あまり頼みたくない。 それでもこうして困っている旧友二人の姿を見てしまえば、そんな小さな意地を張り続けることなどできなかった。 「すっごく嫌だけどさ。俺、これに対処できそうな奴に心当たりがある」 できるだろうが、頼んでもやってくれるかは別問題。 「本当か ? 」 聖の言葉に飛び付いた二人に、 「ただ、頼んでもやってくれるかわかんないけど……」 家に帰ればいるだろう不法侵入者を思い浮かべ、彼はしかめ面をする。 ぬか喜びさせるだけで終わるかもしれない。 この時点で絶対という確約はできないのだ。 ふと。そこで空間が一瞬揺らいだ。 「……呼んだか ? 」 低い声と現れたその姿に、聖が唖然とした顔で指を差す。 「あんた、なんで――」 ここは協会の支部だ。本部よりも結界は緩いが、それでも厳重に張られている。中に入るためには、一定の手順を踏まなければならない。 手順を無視し、けれど破るわけでもなく、結界をどういう手段で通り越してきたのか。空間転移をしてこの場に現れた、烙の非常識加減に聖は呆れる。 防犯のために、協会内では限られた場所でしか空間転移が行えないようになっている。実際、聖も協会内ではその場所以外は転移ができない。 烙にはそんな制限も効かないらしい。 この男に常識を当てはめるのは無意味だと、改めて実感した聖だった。 一方。突如、室内に現れた男にフジと楓はというと――。 二人とも顔から血の気が引き、恐怖で青ざめていた。 やり取りの様子から聖の知り合いであることは理解したが、烙から発せられる強大な力の威圧は、二人にはきつすぎる。身動きすらできない。 間違いなく、聖の同族だ。けれど、彼とは違い過ぎる。 目の前の男は、存在自体が凶器だった。 侵入者の存在は一瞬にして協会支部内の全人員に伝わり、突如現れた得体のしれない存在に支部内は右往左往の大騒ぎとなる。 だが、聖はといえば、時計を見て昼休みの終了五分前に気づき慌てていた。烙の存在自体に気圧され、怯える二人の異変に彼は気づかない。 「なんとか早引けしてくるから、話はその後な。烙、あんたもここにいろよ」 気楽にそれだけを言い残し、聖はバタバタと足早に仕事先へ戻っていった。 機嫌良さげに笑う烙は聖の姿を見送り、彼の去った室内を見回す。 威圧感が少し和らぎ、青ざめながらも困惑した様子で己を見る二人の存在に烙が気づくのと、室外から武器を持った大勢の協会職員が扉を蹴破り現れたのは同時だった。 そこでひと悶着あるのだが、それはまあ、聖のせいではない、はずだ。烙にその場で留まるよう告げた彼に、悪気はまったくなかったのだから……。 当然の如く、烙は無傷で―― 幸い死人は出なかった。 たとえ重軽傷の怪我人が大勢出たとしても。 後に協会支部襲撃誤報事件と命名され、珍事として長々と語り継がれることになろうとも……烙にすれば、すべては些末事だ。 そして、聖に持ち込まれた厄介事はというと―― 烙によって処理された。 それはもう、呆気ないほど簡単に――。 |
************************************************************* 2012/03/15
修正 2013/12/29 |