求婚 <7> |
「ひさしぶり」 仕事中の聖は商品の品出しをしている最中だった。顔を上げると、そこには外見年齢が四十代後半くらいの男が立っている。 スーツにネクタイをした、少しくたびれた感じのどこにでもいそうなサラリーマン。 誰だったかと己の記憶を掘り起こしながら、聖は首を傾げる。 こんな恰好するような男の知り合いなんていたか ? 「俺だよ、俺。フジだ。覚えているか ? 」 苦笑する男に見覚えはない、気がする。けれど、その名前には覚えがあった。 「フジはもっと若かったと思うけど……」 年齢が違う。まとう雰囲気も違う。服装も……スーツを着るような奴ではなかった。スーツ着用義務なんてものは、職業柄なかったのだ。 けれど、目の前の男は人間で、フジもまた人間だった。 「十数年前は確かに若かったさ」 男は複雑な感情を含んだ声で呟き、苦笑を深める。 人と自分とでは時間の感覚が違う。こういう時、それをまざまざと感じてしまう。理解していたようで、理解できていなかったと。 似て非なる存在だと、聖は淋しく感じる。 「もうそんなに経つんだな」 作業を完全に止めて立ち上がった聖は、男の顔をしみじみと見つめる。よく見れば、歳を重ねていてもその顔立ちは確かにフジだった。 十数年前、フジは協会の職員で、聖は協会でバイトをしていた。 当時、フジは調査員をしており、ひょんなことから聖は彼と組んで仕事をしたことがあったのだ。妙に気が合い、その仕事を終えても付き合いは続き、聖が協会を去るまでもう一人も交えて、三人で一緒に色々やったものだ。 協会。 それは人と人外の者を仲介する、人間の生活圏にある機関の通称だ。 その業務は多岐に渡り、問題・相談事の解決から子守、住処の提供、仕事の斡旋まで。人外の者から人を守る盾の役目をすることもあれば、人から不法な扱いをされている人外の者を助けることもある。 相談者の種族も、職員の種族も問わない。人間の生活圏に広範囲で分布する、巨大組織だった。 「いやぁ、おまえのことだから人に紛れて仕事しているんじゃないかと思って調べたんだ。そしたら本当に普通に仕事してて―― ドンピシャで逆に驚いた。変わらなそうだな、その性分」 どうやらフジがこの店を訪れたのは偶然ではなく、自分と会うためだったらしい。厄介事の臭いを感じ取って、聖が顔をしかめる。 「俺、仕事中なんだけど――」 迷惑そうにそう言えば、そこは心得ているとフジが苦笑した。 「仕事の邪魔はしないさ。ただ話したい、というか協力して欲しいことがある。とりあえず話だけでも聞く時間を作ってくれないか ? 」 「それって、あんた個人の依頼 ? それとも――」 「協会の依頼だ」 聖は深く息を吐き出す。 わざわざ調べてまで自分の居場所を探したとなれば、そういうことだろうとは思ったが―― やはり厄介事のようだ。 拒否権は聖にある。けれど、十数年も前に協会とは縁を切ったはずの自分を探し当てて、わざわざ協会の名前を出して依頼を持ってきたということは、今の協会職員達では手に余る類いの話なのだろう。 そこまで推測できるだけに、ここで無下に断るのは気が引けた。 ご無沙汰していたとはいえ、フジは聖の友人でもある。だから、彼がわざわざ使いに出されたのだろうが――。 話だけでも聞いてから判断するか。 一度気を許した相手を、聖は冷淡に突き放すことができない。 厄介事には関わりたくないと思いつつも、彼は譲歩した。 「急ぎなんだろ ? 昼休みの、十三時から一時間の間ならいいよ。俺が昼飯を食べながらでいいなら、だけど」 「恩に着る。じゃ、また後で」 聖の出した条件に二つ返事で承諾したフジは、笑顔でその場から立ち去った。その後ろ姿を憂鬱な気分で見送った聖はひとつため息をつき、自分の仕事へと戻ったのだった。 そうして昼休み。 言葉通りに現れたフジと共に、聖は近くにある協会の支部へと移動した。 通された個室には先客が居て、 「楓 !! なんであんたがこんな場所に居るんだよ !? 」 入口で立ち止まり、聖は悠然と室内のソファに腰掛けお茶を飲む、外見年齢が二十代後半くらいの女を指差す。 楓と呼ばれた女は小袖に袴姿で、長い髪は背に流し、獣耳とフサフサな尾を生やした本来の姿でくつろいでいた。支部とはいえ協会内であるため、彼女は人の姿に擬態する気もないらしい。 楓の機嫌を示すように、尾がユラユラと楽しげに揺れている。 「そんなことどうでもよかろう。そこに突っ立っておると、そなたの飯を食う時間がなくなるぞ」 楓の立場を考えれば、はっきり言ってどうでもよくない。聖が心配することではないだろうが、フジもいったい何を考えて彼女をこの場に連れ出したのか。 この話は今日の午前中にまとまったものだ。楓が正規の手続きを踏んで、外出してきたとは思えない。要するに、仕事をすっぽかして来たのだ。 今頃、協会本部は右往左往の大騒ぎになっているに違いない。 他人事ながら、こんな奔放なトップを持った彼らに聖は同情する。 だが、楓の言うように時間は限られている。しぶしぶと指し示された向かい側のソファに聖は座り、持っていた鞄から弁当を取り出し、包みを広げた。 「相変わらずマメだの」 弁当の中身をしげしげと見つめていたと思ったら、楓はひょいっと手を伸ばして一口大に切られた鶏大根の鶏肉を摘み、口に放り込むという暴挙に出た。 「……行儀が悪い」 苦言を呈すれば、それにはにこやかな笑みが返ってくる。 「腕を上げたな」 ぺろりと指を舐める仕草と反省のまったくない言葉に、聖は深くため息をついた。 そこにお茶の注がれた湯飲み茶碗が差し出され、テーブルに置かれる。手の先をたどれば、苦笑したフジの顔があった。 「長。話をご自分でしたいのでしょう ? 」 その言葉からフジが楓を連れ出したのではなく、楓がフジの反対を押し切っただろう構図が浮かぶ。彼は昔から彼女の" お願い "に弱かった。 楓を諌めたフジが、下座にあるソファに腰掛ける。 聖は二人には構わず、弁当を食べ始めた。 「おお、そうであった。あまりにこやつが変わらぬものだから、懐かしくてのぉ」 聖からすれば、そう言う楓も以前と変わりないように見える。無謀とも取れる行動力も、その外見も。 人外の者と言えども、寿命は種族によって大きく異なる。 人より短命な種族も、人と同じくらいの種族も、人より長命な種族もいる。その中で最も長命な種族が、聖の属するウイの一族だった。 楓の属する狐族は人よりも多少長生きで、ゆっくりと歳を取る。 聖を見て、楓がクスリと意味ありげに笑う。 「妾ももう母ぞ」 その言葉に聖は驚きで目を見開いた。忙しなく動かしていた箸が止まる。 「驚きで言葉も無いか」 カッカッカッと楽しげに笑う楓に、フジがため息をつく。 「……俺から話しますよ」 「嫌じゃ。フジはいけずなことばかり言いおる」 子供のようにふくれっ面になった楓がフジを睨みつけ、フジが再びため息をつく。 その様子に我に返った聖は、昼食を再開する。 外見同様、中身にも変化はないらしい。 二人は聖の存在を忘れたように話し始めていた。こうなると長いのは、今に始まったことではない。楓と話すフジの口調も、普段のものへと戻っている。 聖とフジと楓と。三人で色々とやった、十数年前の頃と同じように――。 「楓じゃいつまで経っても話が進まない」 「妾とて説明できる」 「できないとは言ってない。ただ話が脱線しすぎる」 「妾の言うことが聞けぬか」 「それは命令か ? 」 「……〜〜〜フジはほんにいけずじゃ」 二人の勝敗がつく頃には、聖も弁当を食べ終えていた。 容器を包み直し、鞄に放り込む。少し冷めてちょうどよくなった緑茶をすすり、喉を潤してから、そろそろ良いだろうと口を挟んだ。 「夫婦漫才はいいから、本題は ? 俺、時間無いんだけど」 すっかり忘れていたが、狐族の姫である楓と人間のフジは異種族婚をしていた。 あれから十数年も経過しているなら、彼女に子供がいても不思議ではない。 聖の声で我に返った二人は、互いの顔を見合わせて苦笑する。 「悪い」 「すまぬ」 二人が同時に謝り、その気の合う様子に聖が苦笑した。 |
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