求婚 <5>



聖はいつものように仕事に出掛け、いつものように買い物をして帰宅した。
烙が勝手に改装した室内に足を踏み入れ、そこで彼以外の人物がいることに気づき、足を止める。
烙が入り浸っているのはいつものことなのだが―― 彼に向き合うようにソファに座り、酒らしき液体の入ったグラスを揺らす男が、動きを止めた聖を興味深げに見ていた。

「……おまえにしては変だと思ったが、そういうことか」

ニヤリと笑い、男は烙に意味ありげな視線を向ける。
どうやら男も一族らしい。しかも、烙とほぼ同等の力を持っている。体格も彼とさほど変わらなそうだ。
烙よりも赤みの強い髪色と鮮やかな翠の瞳を持つ男の外見年齢は、彼と同じくらいだった。けれど、実年齢は烙や聖よりも何十倍も生きているはずだ。そんな老成した雰囲気を男はまとっている。

「アレはやらんぞ」

烙にしては珍しく、ひどく嫌そうに顔をしかめる。
男が意外なものを見たとでもいうように目を見張り、カラカラと笑った。
「誰も取るとは言っとらんだろ。わしの伴侶は今も昔も桂だけだ」
言葉と共に少しだけ陰った翠の瞳は、すぐに本来の快活さを取り戻す。
「ケチくさいこと言わずに、おまえの伴侶をわしに紹介せい。減るもんでもあるまい」

そんな言葉のやり取りが二人の間でされているとは知らずに、聖は警戒を解かないまま、ゆっくりと彼らに近づく。

「おまえの場合、減る。必要ない」

男の言葉をばっさりと切り捨てた烙は、側に来た聖に己の隣に座るようソファを叩く。聖は嘆息し、それでも新たな不法侵入者の存在が気になり、烙から少し距離を開け、彼の隣のソファの端に腰掛けた。

「ぅん ?  その様子だとまだ伴侶じゃないのかな ? 」

首を捻った男から、悪気は感じられない。二人の間にある距離間から思ったことを、口に出しただけなのだろう。
それはその言動からも伝わってくるが、" 伴侶 "という単語は今の聖にとって鬼門だった。その顔が自然と引きつってしまったのはどうしようもない。
そもそも、だ。この男はなぜ、聖の顔を見ただけで烙の伴侶だと勝手に決めつけているのか。
男の思考回路も烙同様、聖には理解できそうになかった。

「余計な詮索をするな。おまえでも消すぞ」

表情を消し、低く不機嫌な声で烙が物騒な台詞を口にする。その様子で何かを悟ったらしい男がニヤリと笑った。
「そういうことか。おまえもまだまだひよっこだな」
烙から殺気が放たれるが、男はまったく気にならないらしい。
対面に座る烙と聖の姿を視界に入れ、顎に手を当てニヤニヤと意味ありげな笑みを浮かべている。

殺気を向けらている男よりも、隣でこのやり取りを聞いていた聖の方が烙の殺気に当てられ身震する。その手は膝の上に抱えていた鞄を、無意識にきつく握り締めていた。
自分に向けられたものでなくとも、身近に感じる烙の殺気はやはり怖い。
聖の怯えを感じ取ったのか。
烙はすぐに殺気を収め、気を落ち着かせるように深く息を吐き出す。

「それで、用は何だ」
「用、ねぇ。しいて言うなら、もう済んだ。おまえの顔を見に来ただけだ」

さらっと返された言葉に、烙があからさまに怪訝な顔をした。
元来ふざけた性格の男だったが、ここまで笑えない冗談を言うような男ではなかったはずだ。

「ついにもうろくしたか」
「……パパに向かって、それはあんまりだろ」

言葉とは裏腹に、男は笑顔だ。手に持ったグラスをユラユラと揺らし、烙がどんな反応をするか観察している。
無表情になった烙は男の言葉を黙殺し、その場を奇妙な緊張感が漂いかけたのだが―― 彼の隣から上がった声に破られた。

「パ、パぁ !? 」

男の口から飛び出した似合わない単語に素っ頓狂な叫び声を上げ、聖は慌てて己の口をふさぐ。だが、当然の如く後の祭りだ。
その声は二人に届き、彼らの視線を一身に浴びて聖は避けるように俯いた。

パパ。パパって……ありえねぇ。

込み上げてきた笑いを必死で抑えるが、その肩が小刻みに揺れていれば笑っていることは一目瞭然だ。
烙がため息をつき、男を視線だけで非難する。

「わしは事実しか言っとらん。おまえはわしと桂の一粒種だろうが」
「……桂はともかく、おまえを親と呼ぶふざけた神経は持ち合わせていない」

……………。

視線だけで押し問答することしばし。
わざとらしく嘆息した男が、矛先を変えた。
「なんつーつれない息子だ。そうは思わないか ?  えぇ〜と、なんという呼び名かな ?  わしは海と言う」
気づけば警戒心はどこかに吹き飛んでいた。
聖は顔を上げ、笑いの残った顔で海を見る。
「聖」
「聖か。良い名だ」
褒める男からは嘘が感じられない。本心からそう告げていることを感じ、聖はくすぐったそうに笑った。
烙が不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「用はそれだけか。それなら済んだな。なら、消えろ」
刺々しい声に、海が苦笑を浮かべる。
「そう言うな。冥土の土産におまえの顔を見に来たんだ。桂への良い土産話にもなりそうだ。最期なんだから、わしに付き合え」

ウイの一族は不老ではあるが、不死ではない。
とてつもなく長命なだけだ。

「……嘘ならもっとましな嘘をつけ。桂が死んでもおまえは生きた。そんなおまえが今更死ぬわけがない」

伴侶を失い、それでも生きる一族の者は少ない。遠い過去にもわずかに存在したようだが、烙が知る限り、そんな状態で現存しているのは海だけだ。
それほどに伴侶というものは、一族の者にとって絶対なのだ。己を狂わせ、命を捨てるほどに――。
だが、海は桂を失っても正気を保ち、ここまで生きた。今更死ぬと言われても、たちの悪い冗談にしか聞こえない。

意味もなく、烙はグラスをユラユラ揺らす。グラスの中の酒が波紋を描き、それが彼の動揺を示しているようだった。
聖は戸惑うように烙と海の顔を交互に見る。それに気づいた海が、彼を安心させるようにふわりと笑った。

「桂は寿命で死んだ。わしも寿命だ。これでやっとあいつの元に行ける」

己の死を告げるその顔は、穏やかで幸福な笑みが浮かんでいた。在りし日の面影をたどるように目を細め、グラスを見つめながら海は言葉を続ける。

「わしが生きたのは桂の望みだ。永かったよ、本当に。だが、苦痛ではあっても虚しくはなかった。現し世に桂以上の存在はなかったが、それでも気にかける存在はあった。―― それにおまえの中にも桂の一部が確かに取り込まれていたしな。桂に黄泉国でおまえの話をしてやれば喜ぶだろうよ。あれは情の深い女子だった」

くいっとグラスの液体をあおり、すべて飲み干した海はグラスをテーブルに置く。
「……桂は待っていないかもしれないぞ」
空になったグラスに新たな酒を注ぎ、烙が不機嫌そうに呟く。
「いいや、待っているさ。わしとした約束をあやつは一度も破らなんだからな」
自信に満ちた笑みと確信に満ちた答えに、烙は面白くなさそうに息を吐き出す。
グラスの液体を飲み干し、空になったグラスに手酌で酒を注ぎ、無言でそれを口に運んだ。

ゆるんだ空気に、聖が立ち上がる。烙が物問いたげな視線を向けたので、
「夕飯の支度する」
彼は短く告げて、ソファから離れた。
二人のやり取りを面白そうに見ていた海の視線には気づいていたが、聖は無視してキッチンに移動した。
ここまでくれば向こうからは見えない。
そう思い、彼はそっと息を吐き出したのだった。

あまり知られていないが、ウイの一族は他の種族とは違い、特殊な生まれ方をする。他の種族のように女の腹から生まれるのではなく、一族の者はすべて世界が生み出す。
それこそ何もない場所から、彼らはぽっとこの世界に放り出されるのだ。
ただ、それには二通りの存在がある。
元となる二親、一族の者とその伴侶の形質を受け継いで生まれる存在と、バランスを保つために帳尻合わせのように生まれる存在。
だから、ウイの一族は一定数以上増えもしないし、減りもしない。

烙が前者の生まれなら、聖は後者の生まれだ。

聖には親が存在しない。親無しで、彼は世界が生み出した。
生きる術も、この世の成り立ちも、一族の掟も。個としての意識が確立した瞬間から、知識として身に付いている。
その上、世界に生まれ落ちたその瞬間から他の種族よりも強い。
他の種族にとっては子供を庇護する存在である親は、一族の者にとっては不要だった。親に守られなくても生きていける。だからこそ、親が存在しても親子の情というものは他の種族より希薄になる。

自分に親が存在しないことを、聖は今までなんとも思っていなかった。けれど、初めて少しだけ親という存在が欲しかったと思った。
烙と海の姿を見て、そう思った。
二人の間にあるのは、他の種族が形成するような親子関係とは違うかもしれないが……少し羨ましかったのだ。

らしくなくへこむ自分を嘲笑い、気分を入れ替えるように己の頬を軽く叩く。
無い物ねだりをした所でどうしようもない。
それよりも――。

「のんべえ共のつまみから作るか」

酒だけを飲み続ける男達のテーブルには、つまみの類はまったくなかった。二人とも顔色一つ変えず、酒を水のように飲んでいるが、いくら身体が頑丈で酒豪だろうと、つまみも無しに飲み続けるなど言語道断。聖の主義にも反する。
聖は慣れた様子で包丁を持ち、料理を開始する。
自然とその顔には笑みが浮かぶ。それは先程とは趣を異にした、楽しそうな笑みだった。

そうして出来上がった料理の数々を三人でつつきながら会話をし、聖が食事と片付けを終えてもまだ飲み足りないらしい男達をその場に残し、彼はひとり先に就寝したのだった。



早朝、いつものように起きた聖は、昨夜と変わらずソファに座っている烙の背に声を掛けた。
「おはよう。海は帰ったの ? 」
その場には烙の姿しかない。テーブルの上には昨夜、飲んでいた酒瓶もグラスも無く、そこで彼は本を読んでいた。
その姿は別段、珍しくもない。烙がこの場に居る時は大抵、酒を飲んでいるか、本を読んでいるか。そのどちらかなのだ。
「……ああ。やっと迎えが来たからな。おとなしく黄泉国で待っていられなかったらしい」
いつもと変わらない口調には苦笑が含まれていたが、それが意味する事実は重い。パタンと本を閉じた音が、静かな室内に大きく響いた。
聖が烙の傍らまで移動し、その顔を覗き込む。

「殺しても死にそうにない奴だったんだが―― 呆気ないものだな」

烙の表情からも苦笑以外の感情を見つけられない。
「桂もあんな奴をよくも待っていたものだ。待たせ過ぎたのだから、黄泉路でこってり油を絞られるがいいさ」
クツクツと笑う烙が聖の頭に手を伸ばし、その髪をゆっくりと梳く。
聖はその手を払いのけることもできずに、眉間に皺を寄せて口を尖らせた。
「……そんな顔をすると、思わず襲いたくなるな」
低く囁かれ、身の危険を感じた聖はその場から飛び退く。その様子を穏やかな表情で見ていた烙が、

「心配しなくていい」

ふわりと優しく、聖を安心させるように笑った。
それは昨夜、海が聖に向けた笑顔とそっくりで、彼らが確かに親子であることを聖に突きつける。
己の内にわき上がった感情に戸惑い、聖は無意識に一瞬だけ顔を歪ませる。
その表情はまるで泣き出しそうで――。
「別に心配なんてしてない」
プイッとそっぽを向いた聖は、そそくさとそのままキッチンへと姿を消す。そして、烙の視線から隠れる場所まで来た途端、その場でしゃがみ込み頭を抱えた。

「別に心配なんてしてないんだからな」

己に言い聞かせるように小さく呟かれた言葉は、彼の中でいつまでも消えずにわだかまっていた。





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2012/03/06
修正 2013/12/29



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