求婚 <10>



本日、聖は先日の一件で再び交流を持つことになったフジと楓の所に押し掛けていた。正確には、協会本部の楓の執務室に。
聖にとっては休日だが、世間一般的には平日で、協会もまた平日運営中である。ちなみに、基本的には年中無休の協会だが、世間一般の休日は職員が交代で勤務する休日運営をしている。

「なあ。昔、俺と酒飲んだ時、俺っておまえらになんかやったか !? 」

駆け込むように室内へと入った彼は、その勢いのままそう問い掛ける。
昔取った杵柄とでも言うべきか。聖は協会本部の奥まで堂々と案内も必要なく入れる。
幸い、そこには楓とその補佐であるミサしかいなかった。
この部屋は来客対応もできるようになっているので、そこで話し合いをする場合もある。特に、外部にもれると不味い話はここでする。
その現場に踏み込まずに済んだのはよかったが、当然、彼女達は仕事中だ。
がっしりとした年代物の執務机に向き合い書類作業中の楓と、彼女の傍で雑務をこなすミサ。二人とも作業する手を止めて、キョトンと入口にいる聖を見た。

「えぇ〜と、聖さま ?  おひさしぶりで、ございます ? 」
書類を持ったまま、ミサが疑問形で言葉を掛ける。
「不調法者め。入室時はノックをせんか」
びしりと扇の先を聖に向け、楓が怪訝な顔で彼を見る。
その様子に少し冷静さを取り戻した聖が、己の行動を振り返って力無く笑う。
「ごめん。……ミサ、ひさしぶり」

自分のことで手一杯で、色々、忘れていたらしい。

気まずそうに頭をかいた彼に、楓はため息をつく。
「少しそこな椅子で待っておれ。この書類だけ片付けたら、そなたの話も聞いてやる。ミサ、休憩にする。フジを呼んでくれるか ? 」
聖の第一声から、己の伴侶も必要だと楓は判断する。

普段の彼は礼儀をしっかりとわきまえている。培われた年月のせいか、性格のせいか。人間社会の常識も十分理解している。
だから、こんな風にそれらを逸脱した行動を取るのは珍しいのだ。

「ごめん。……ありがとう」

再度の謝罪と感謝の意を告げ、聖はしおしおと来客対応用に置かれたソファに腰掛けて頭を抱える。
様子のおかしい聖に、再び楓はため息をつく。
彼の口から" 酒 "という単語が出た時点で、過去の惨状から何かやらかしてきたな、という気がしないでもない。だが、結論を出すのはこの書類を終えてからだと、楓は机上作業に戻る。
ミサは気遣わしげな視線を聖に向けたが、掛ける言葉も見つからず、楓の言葉に従いフジを呼ぶために室外に出たのだった。



楓が仕事に区切りをつけた頃、執務室にフジが現れた。ミサは人数分のお茶の用意をした後、控室へと退室する。
「それでどうしたというのだ ?  そなたらしくないぞ ? 」
頭を抱えたまま微動だにしなかった聖がのろのろと顔を上げ、向かいに並んで座る二人の顔を見て、たははと力無く笑う。
「俺に酒を飲むなって忠告したのはおまえらだったな、と思い出してさ」
答えになってない言葉を返して、聖は力尽きたように黙り込む。

聖は過去にも一度だけ、飲酒したことがあった。
その時は彼らと飲んだのだが、翌日、途中から記憶がすっぽ抜けていた聖にそう力説したのは彼らだ。

別に酒など飲まなくても、聖は生きていける。好きか嫌いか二択を迫られれば好きな部類になるだろうが、どうしても飲みたいわけでもない。
この十数年間、飲む機会がなかったわけでもないが、それらをすべて断ってきたのは、あの時の二人の剣幕がずっと尾を引いていたからだ。
ただ、昨夜は魔が差した。飲みたい気分というのは、ああいう状態を言うのだと思う。ついつい誘われるままにグラスを取ってしまった。

まさかとは思ったけれど、昨夜、酒を飲んだ辺りから記憶がなく―― まどろみから妙にすっきりした気分で目覚めれば、なぜか烙にもたれかかり、彼に抱きついていた。
そんな自分の状態に聖は驚愕し……彼から逃げてきたのだ。

そこまで回想して、聖は深々とため息をつく。
「……その様子だと、妾の忠告を無視して酒を飲んだな ? 」
うっそりと楓を見れば、彼女は心底呆れたとでも言いたげに聖を見ていた。
「おまえは酒癖が悪いから飲むなって、あれほど忠告してやったっていうのに飲んだのか ? 」
呻くように確認するフジも、しかめ面だ。

フジにとってはずいぶんと昔になるが、それでも聖の酒癖が最悪だったことは今でも覚えている。それほどに彼の酔い方はひどかったのだ。
絡むは、くだを巻くは、暴れるは……。
当時はフジが借りていたアパートで飲んでいたのだが、部屋が粉砕されるかと思ったくらいだ。
楓の助力を得て張ったフジの結界がある程度まで保ったから、被害はテーブルとグラスが一つ、皿が数枚でなんとか済んだ。暴れ出してから飲み過ぎで完全に潰れるまでの時間が、さほど長くなかったのも幸いした。
だが、少ししてそのアパートは引っ越した。正確には、その時の大騒ぎが原因で追い出された。

「だって……魔が差したんだよ」
気まずそうに目線をそらして、聖は言い訳するように呟く。
「「飲んだのだな ? 」」
二人から責められ、彼はテーブルに突っ伏した。

「……ああ、飲んだよ。自分じゃ覚えてないんだから、仕方ないじゃないか ! 」
「そこで逆切れするでない ! 」

バシンと閉じられた扇で楓に頭を叩かれ、聖がその部分を手で抑える。
固い所で叩かれ、地味に痛かった。

「それで。ここで落ち込んでいる理由はなんだ ? 」

フジの問いに、聖がそろそろと顔を上げる。だが、その視線は定まることなくウロウロと室内をさまよっていた。
「別に落ち込んでるわけじゃあ……ただ、はずか……いや、かっこ悪……」
しどろもどろに呟き、二人から向けられる視線を避けるように聖は俯く。けれど、それでも二人が自分を見ていることは感じられ、
「だって、家にはあいつが居るから…………居れないんだよッ」
じぃっと向けられる視線と沈黙に耐えきれなくなった聖が、ガバッと顔を上げて叫ぶ。その頬は羞恥のためか、ほんのり赤く染まっていた。

がっくりと肩を落とし、また俯いてしまった聖の様子に、楓はどうしたものかとフジを見る。フジも楓を見ており、二人は互いの困った表情を見つめて肩を竦めたのだった。

十数年経っても聖は変わっていないと思っていた。
けれど、そうでもなかったらしい。
恥じらうその姿はその容姿も相まって、楓の目から見てもかわいい。思わず頭をグリグリと撫でたくなるようなかわいさだ。
外見はともかく中身が豪放磊落なものだから、今まで楓は聖のことをかわいいなどと思ったこともない。この変化をもたらしたモノは何かと考えれば、原因は聖の家に居る相手としか思えない。

「おまえの要領を得ない言葉をまとめると、まず、誰かと酒を飲んだ。悪酔いして、その誰かにえらい迷惑をかけたけど覚えてない。その誰かは自宅に居るから、自宅には居たくない、と」

今までの言葉を簡単にまとめたフジに、おおよそは合っていたので聖はコクンと素直に頷く。
フジが深く長く息を吐き出し、ゆっくりと空気を吸い込んだ。次に来る行動を予測した楓は反射的に両手で両耳を塞ぎ。

「とっとと帰って謝れ !! 」

次の瞬間、大音声が室内に響き渡った。
聖は顔をしかめ、

「……うるさい」

ふてくされたように呟き、そっぽを向く。
どうやら若干、幼児返りしているらしい。実年齢はともかく、外見年齢は十代後半に見えなくもない聖がやると、あまり違和感がないのが困ったものだ。
「逃げてないで素直に謝れば済むことだろ ?  時間が経ては経つほど、そういう言葉は言い辛くなるんだ。それに謝れば楽になるぞ。悪いことをしたら、ごめんなさい。三歳児でも知っている」
「……俺、悪くないもん」
チラッとだけ二人の方を見たと思ったら、プイッと聖はまたそっぽを向く。

「いい歳して、聞き分けのない子供みたいなことをやるな」
事実、聖はフジや楓よりも数百歳年上で。
「俺、大人だもん」
確かに青年期に入り、成長も止まってずいぶん経つので大人の部類に入る。

「大人扱いして欲しけりゃ、謝ってこい」
この場で一番年下なのは、実はフジだったりするのだが。
「俺は悪くないったら、悪くない」
一番年上であるはずの聖の言葉は、駄々っ子そのものだった。

「なら、家に帰れ」
「い、や、だ」

双方一歩も引かず睨み合う聖とフジに、楓の眉間にも自然と皺が寄る。
扇を無意味に開いたり閉じたりし、ついに我慢ができなくなったのか。彼女は閉じられた扇を、バシンとテーブルに叩きつけたのだった。





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2012/03/20
修正 2013/12/29



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