契約 <9>



その夜、エンはなかなか眠れずにいた。何度も寝返りを打ちなんとか眠ろうとするのだが、妙に目が冴えて気づけばいつの間にか銀のことを考えている。そんなことの繰り返しだった。

銀と出会う前までは一人でいることが普通だった。その方が気楽で、自分でも好んでそうしていた。けれど、彼に出会ってからは彼が傍にいることが普通になった。逆に一人でいる時の方が妙な感じで落ち着かなかった。
それがここ数日はどうだろう。銀が傍にいると落ち着かない。けれど、その姿が見当たらないと自然と探すように視線が彷徨う。いつの間にか視線が彼の姿を追う。気づけば思考が彼のことを考えている。
かつてないことに、エンは途方に暮れた。

これではまるで――。

昔、テンにごり押しされて読んだ少女漫画を思い出し、エンの眉間に皺が寄る。そして、内心で否定した。
銀に初めて会った時に向けられた冷たい瞳を思い出す。静かな怒りを秘めた青い瞳。氷のようなそれが溶けるはずがない。
だというのに、最近、向けられる視線はまるで大切な者でも見るような、そんな甘さを含んでいるような気がして――。

なんて都合の良い……都合の良い?

自分の考えに自分で問い掛ける。相反する考えがエンの中でせめぎ合い、答えの出ないまま混沌としていた。

そうして夜は更け、やっとエンが浅い眠りに入った所で部屋のドアが開き、室内に誰かが入ってきた。エンは気配でそれが銀だと察知したが、やっと訪れた睡魔の方が理性に勝り、起きることよりそのまま眠ることを取った。
彼が何をしに来たかは分からない。けれど、伝わってくる気配に物騒な物は含まれていない。それなら大丈夫だ、と。

銀が枕元に立ち、何事か呟く。その声は小さ過ぎて、眠るエンの耳には届かなかった。けれど、髪を掻き上げ露わになった額に触れた柔らかい感触と熱に、エンの意識は一気に浮上した。
ガバリと音が出そうな勢いで飛び上がり、額を抑える。辺りを見回しても、そこに銀の姿はなく、エンが察することの出来る範囲内にはその気配もなかった。どうやら銀はどこかへ出掛けたらしい。

夢?

エンは頭を振った。
そんなはずはない。先程まで銀が傍に居た気配はあった。いくら眠っていたとはいえ、枕元に立たれて気づかないほど感覚は鈍っていない。
自分の感覚を信じれば、確かに銀はここに居た。そして、額に触れたのは――。
浮かんだ答えに、エンの頬がほんのり赤く染まる。

なぜ?

銀の行動にエンの混乱は増長した。

これでは期待してしまう……期待? 何を?

エンはぐるぐる空回りする頭を抱え、深く息を吐き出し、とりあえず自分を落ち着かせようと試みた。そして、それを数回繰り返し、考えることを放棄して倒れこむようにしてベッドに横になる。

あれはどういう意味?

繰り返される疑問を抱えたまま、それでも訪れた睡魔。そうして見た夢は――。
翌朝、飛び起きたエンは、ずっと見ないふりをしてきた自分の想いと対面することになる。





*************************************************************
2010/01/02
修正 2012/01/14



back / novel / next


Copyright (C) 2010-2012 SAKAKI All Rights Reserved.