契約 <8>



一族の業。

それはどこまでも付きまとう。それによって多くの一族の者が消えていった。
自ら命を捨てた者、掟破りで制裁を受けた者。
己の最期をわかっていながら、それでもそれ以外の道を選ぶことが出来ない。これを業と言わずしてなんと言えようか。

月明かりが差し込むだけの暗い部屋のソファーに座ったまま、銀は自嘲した。

自分もまた、その業から逃れることは出来ないらしい。

何物にも関心が薄く、多くに干渉せず、時の流れに流されるまま生きるのが一族の宿命。その中でただ一度きりの恋をする。
恋は狂気。
ある者は生涯一人きりの伴侶を得ようとして得られず、消えない執着と得られぬ虚しさに耐えきれず、相手も自分も滅ぼした。運良く伴侶を得られたある者は寿命の違いに、瞬く間に失われた命に慟哭し、伴侶の死に耐えきれずに自らその命を消した。

そうなる一族の者のなんと多いことか。
銀はその様を今までたくさん見てきた。掟破りの制裁として、時に自ら手を下してきた。
いつか自分もたどるかもしれない末路に違和感を覚えながら。いつかそんなことが起きるのだろうかと疑いながら。
けれど、今ならわかる。自分もまた一族の業から逃れられない。逃れる気など起きないのだ。

この恋は、生涯に唯一のモノ。

彼の瞳をきれいだと思ったあの瞬間、たぶん、囚われた。恋とは自覚せず、それでも徐々に深みにはまっていく自分を知っていた。
「愛しい、とはこういう気持ちだったのですね」
静寂に小さな呟きは溶けていく。

抱き締めた時に感じた熱を失いたくないと思った。どこまでも自分の生に執着を持たない、その潔いとでも言えそうなエンの心が銀にはひどく悲しかった。
彼は強い。けれど、その強さはひどく脆い。危うい所で均衡を保っているだけ。復讐という明確な目的に支えられているだけだ。もしそれを終えてしまったのなら――。

銀はエンが消えてしまいそうで怖かった。
何にも執着出来ず、ただ時が流れるまま与えられた役目だけを全うしてきたこの自分が、怖いなんて感情を抱く時が来るなど思ってもいなかったが。

いずれ失う時が来るとしても、永く、出来るだけ永くエンと共に生きたい。
彼の唯一無二でいたい。彼のすべてが欲しい。

湧き上がる欲は際限が無く、それらとは相反する思いも自分の中に育ちつつあることを銀は知っていた。それは今までに多くの一族の者を狂わせてきた感情と同じもの。

その心が他の誰かに向くというのなら、命諸共すべてを奪ってしまえば良いという誘惑。その身を食らってしまえば誰に取られることもなく、彼は永久に自分のもの。

「自分もあの男も本当、変わりませんね……」

銀と鈴は全然違う。
あの時、エンはそう否定した。けれど、やはり同じなのだ。同じ業を持つ者。
「エンが私の考えを知ったら、どういう反応をするでしょうね」
銀は呟き、立ち上がった。廊下を進み、目的の部屋へと続くドアに手をかけ、そっと音を立てないように開けて室内に滑り込む。
夜目の利く銀には暗がりなど関係ない。惑うことなくベッドの傍らまで行き、穏やかに眠るエンの顔を上から見下ろす。
「あなたは私をやさしいと言いましたね。けれど、それはあなたにだからです。願わくばあなたの心に少しでも多く、私という存在が刻み込まれていますように――」

自分と共に居ても、エンは幸せになれない。
けれど、貪欲に彼を求める心を消すことも出来ない。

銀は屈み込み、少しだけ逡巡した後、エンの前髪をそっと払いのけ、覗いた額に口付けた。そして、持て余す感情を抱えたまま、その場からそっと姿を消したのだった。





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2010/01/02
修正 2012/01/14



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