地の先導者 <7>



スーリャはラシャを連れてキリアに会いに来たのだが、彼の家に来たのは初めてで……思わず見上げて、唖然としてしまった。
いや、まあ、代々武官の出の家だとは聞いていたけれど――。
もしかして名門とか付く家だったりする?
どっしりとした門構とそこから覗ける泰然と佇む屋敷。
それらはとても気軽に入れるような雰囲気ではない。
「どうかいたしましたか、スーリャさま?」
躊躇していつまでも進まないスーリャの後ろから、ラシャが訝しげに問いかけた。
振り返れって見れば、ラシャがいつもと変わらない様子でスーリャを見ていた。
彼の逡巡に、彼女は不思議そうに首を傾げる。
「……キリアの家って、もしかして由緒正しいとか、歴史あるとか、そんな風に呼ばれる名門だったりする?」
その問いに納得したといった表情でラシャは頷き、
「代々優秀な武官を輩出していますから、そう呼ばれております。けれど、それほど畏まらなくても大丈夫ですよ。皆さまそういう事に拘る方々ではありませんから」
にこやかに言い切った。
「いや、まあ、キリアを見ていればだいたいの想像はつくけど」
気にしている事はそういう事ではない。
そう口に出す気力もなく、スーリャはその思いをため息に変えて吐き出す。
踵を返したくなる思いをなんとか抑え、彼は重い足取りで一歩を踏み出した。
その後にラシャも無言で追随したのだった。



外観同様、中もまた立派な造りだった。
それでもそれらは派手派手しい物ではなく十分観賞に堪える物で、王宮内ともシリスの館とも違う趣に、スーリャは通された室内をめずらしそうに見回す。
その様子をラシャが斜め後ろに立ちながら微笑ましげに見ていたが、彼は気づいていなかった。

出されたお茶をよばれて待つこと少々。
キリアが女の人に付き添われるようにして現れた。
スーリャの向かいに座らされたキリアの膝に、女の人が膝掛けをのせる。
それを当の本人は呆れた顔で受け入れていたのだが。
「やっぱ大袈裟だって。セインも母さんも過保護」
女の人はぼやくキリアの鼻を軽く摘み上げ、
「何言ってるの。あんたは妊娠をなめ過ぎよ。安定期だからって油断しないの。あんたがそうだから母さんが気をつけているんでしょうが。それにね。セインの過保護は昔からよ」
諌めた後に、視線をキリアから向かいに座るスーリャへと移す。
「あなたもそう思わない?」
急に同意を求められ、スーリャは返事に困り、ラシャを見上げた。
彼女はスーリャを安心させるように微笑み、
「ウィーアさま、お久しぶりです。お変わりないようですね」
どうやら知り合いだったらしいキリアの母親、ウィーアに話しかけた。
「……ラシャ? まあ、ラシャじゃないの。本当に久しぶりね。ナイーシャさまはお元気かしら? いえ、そうね。あの方の事だもの。元気に決まっているわね」
ラシャに視線を移し、ウィーアは一気に捲し立て、ツカツカと彼女の傍まで歩み寄ったかと思えば、まるで少女のように抱きついた。
「本当にお変わりないようですね。ナイーシャさまもお元気ですよ」
それを慣れた様子で驚きもせずに受け止めたラシャは、やんわりと彼女の身体を離した。

「それはそうと、なぜラシャがここにいるの? あなた今、ナイーシャさま付きの女官をしているはずでしょう?」
ウィーアは不思議そうな顔で首を傾げ、ラシャとスーリャを交互に見る。
彼女の視線を受け、スーリャはどう説明して良いのかわからず困惑顔になった。
その様子にラシャが口を開く。
「私は今、スーリャさま付きの女官をしております、ウィーアさま」
「この子の?」
ウィーアは驚きに目を見開き、スーリャをまじまじと見つめる。
その視線の強さに堪えられなくなり、彼は避けるように俯いた。
「私はスーリャさまに仕える事ができてとても光栄ですよ」
そう宣言したラシャの顔は誇らしげだった。
その顔を見て、ウィーアはあらためてスーリャの顔を見る。
そうして、しばらく彼を観察した後、やっと気が済んだのか。
彼女はにっこりとスーリャに向けて微笑んだ。

「陛下も良い趣味をしているわね。あなたにならあの方を任せられる。よかった。これでこの国も安泰、よね」
何を語らずともすべてを悟った言葉。
えっ? とスーリャが顔を上げれば、慈しむように微笑むウィーアがいた。
「陛下の趣味は昔からよろしいですよ」
言葉もないスーリャに変わって、ラシャがおかしそうに答え、
「ええ、そうね」
ウィーアが頷き、クスリと笑う。
「でも、それがこうじて今まで相手が見つからなかった。けれど、それでよかったのかもしれないわ。こんな素敵な可愛らしい方を見つける事ができたのですもの」

スーリャは途方に暮れた。
ナイーシャの話をしていたはずなのに、なぜシリスの話になっているのか。
どうしてこんな風に話が飛んでしまったのか理解できない。
それでもなんとなく気恥ずかしいこの場の空気に耐えられず、呆れた様子で母親を見ていたキリアに目で救いを求めた。
「母さん。スーリャが困ってる」
呆れながらも傍観していたキリアが助け舟を出し、ため息をつく。
「まあ、ごめんなさい。私ったら御挨拶もしないで」
ハッとしたように口に手を当て、ウィーアが苦笑した。
いや、そうじゃなくて……。
そう思ったのは何もスーリャだけではないだろう。
目の合ったキリアが苦笑を浮べ、仕方なさげに肩を竦める。
そんなキリアとスーリャのやり取りを気にするでもなくウィーアは背を正し。
「私、キリアの母でウィーアと申します。今後とも息子……娘かしら、違和感があるけど――、とにかくキリアをよろしくお願いいたします」
丁寧な言葉と畏まって下げられた頭に、スーリャの困惑は深まった。
けれど、挨拶されたなら挨拶を返すのが礼儀だと思い、
「スーリャです。こちらこそ、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる。
ウィーアがニコニコとその様子を見つめていた。

「……はあ。母さん、もういいから。俺、スーリャと話があるからさ。母さんはラシャと話してきたらいいよ。ラシャも構わないだろ? この家の中なら心配ない」
このままでは話が脱線して進まない。
キリアはまずはウィーアを部屋の外に追い出す事にした。
「ええ、そうですね。二人だけの内密なお話もおありでしょうし、私はウィーアさまの所にお邪魔させていただきます。よろしいでしょうか?」
キリアの意図を読み取ったらしいラシャがその話に乗り、彼女の言葉にスーリャは頷き、ウィーアの顔には満面の笑みが浮ぶ。
「ラシャを借りていくわね。ゆっくりしていって頂戴」
弾んだ声でそう言うと、まるで少女のような軽い足取りでウィーアはラシャの腕を取り、部屋を出て行った。
その後姿を少々呆気に取られた様子で、スーリャは見送ったのだった。

「……驚いただろ。ああいう人なんだよ、うちの母親」
その声にキリアの方を見れば、彼は頭が痛いとでも言いたげに米神を揉み解していた。
「本人にはまったく悪気は無いんだけど、マイペースで我が道を行く人なもんだから、初めて会った人は大抵今のスーリャと同じ反応をするんだよな」
失礼だとは思いつつも、思わずその言葉にスーリャは頷いていた。
でも、それって――。
「ナイーシャさんにそっくり?」
外見的にはそれほど似ていないのに、ウィーアの持つ雰囲気は彼女に良く似ている。
それに気づいて、スーリャは首を傾げた。
「ああ。ナイーシャさまと母さん、遠い親戚みたいだから? たぶん、あの性格は血筋じゃないか?」

「みたいだからって……?」
その曖昧な表現に、スーリャは首を傾げる。
「母さんもはっきりとは言わないんだ。あの一族は秘密主義っていうかな。本家以外はその血筋の人間だって事を秘密にする。知る必要がなければ子にも伝えない。まあそれが身を守るための自己防衛と言えばそうなんだろうけど」
「身を守るため?」
「そう。癒しの力を使えるのは守護師の血統のみだから。それもすべての者じゃない。限られた者だけだって言われている。俺にもそんな力無いし。でもさ。その違いなんて力を使わなければわからない。もしその者が使えなくても、その子供は? 使えるかもしれないだろ? その血を継いでいる限り、可能性はゼロじゃない。だから、癒しの一族はその身を狙われている。強欲で自分本位な人間達に――。沈黙が自分も家族も守る方法なんだ」
スーリャは少し考えるような表情になり、しばらくしてから口を開いた。
「本家の人達は大丈夫なの?」
彼らは堂々とその姿をさらし、自らの血を明言している。
それは、キリアの言葉とは正反対の事だ。
「余程の阿呆じゃない限り、本家には手を出せないさ。基本的に一族の本家は王家の庇護下にあるから、本家に手を出す、それは国に、いいや違うな。世界に喧嘩を売るのと同じだからさ。まあ今の王家になりかわろうって言うなら話は別だけど」

カラカラと笑うキリアに、スーリャは心配になった。
その思いが顔に出ていたらしく、それに気づいたキリアが心配無いとでも言いたげにヒラヒラと手を振る。
「癒しの一族はジーンクス王家よりも古い歴史を持つ。守護師はこの地を守る者であって、王家を守る者じゃない。この地を治めるに値しない王は守護師によって挿げ替えられるって言われているぐらいだ。しかも、それは王家承認。それがこの地を治める国に定められた決まり事なんだよ。だから、守護師の地位は王と同等と言われる。基本的に施政には口を出さない事になっているけど、それは時と場合によるかもね」
スーリャは眉間に皺を寄せ、違うと首を振る。
「いや、そっちも気になったけど――そうじゃなくて。そんな事言って大丈夫?」
ここにいるのは二人のみ。
誰が聞いているわけでもないと思うが、こんなあけすけに話して良い話でもない。
もし誰かが聞き咎めて、それが伝わったら……。
シリスが聞いていたとしても苦笑いで終わりそうだが、他の上層部の人間がどういう反応に出るかはわからない。
スーリャはその事が一番気がかりだった。
「別に秘密でもなんでもないから大丈夫。誰もが知っている事だよ。学院で勉強する事だから」
そうは言ってもそんなはっきり言ってもいいものか…。
どうにも納得できなくて、スーリャが首を捻った。
だが、キリアは彼の態度を気にすることなく、率直に問いかける。

「ま、それはいいとして。何か悩み事、抱えてるだろ?」





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2008/05/07



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