地の先導者 <37>



前代未聞の、後に長々と語り継がれることとなる、花嫁(?)逃走劇から半年後。
その間もけして平穏とはいかない日々を過ごした彼らだが、シリスとスーリャは正式な伴侶となった。
国を挙げてのドンチャン騒ぎは昼夜関係なく七日間も続いたとか。

「不束者ですが、これからもよろしくお願いします」
初夜の寝台の上でスーリャは正座し、三つ指をついてちょこんと頭を下げる。
対するシリスはというと、見慣れぬ動作に興味深げな視線を向け、その言葉に破顔した。
「こちらこそ、これからもよろしく、奥さん」
スーリャの顔がポンと音を立てるが如く、瞬時に赤くなる。
ワナワナと震える唇からは―――。

彼らが無事に初夜を終えたかは、まあ、当人達しか与り知らぬ所である。



そうして月日は流れ。
スーリャがカイナに再び降り立ってから季節が一巡した、ある夏の日のこと。
王宮は喜びに包まれていた。

王妃さま、ご懐妊。

その話は瞬く間に国中へと広がっていく。



「ナイーシャさん、どう?」
ナイーシャの診察を終えたスーリャが、ほんの少しだけ膨らみ出した己の腹を、そっと愛おしげに撫でている。
「順調よ。ただ――」
「……双子?」
スーリャの問い掛けに、ナイーシャが驚く。
「そうよ。喜ばしいことにね。どうしてわかったの?」
「……知ってたんだ。この子達が教えてくれたから」
クスクスと笑うスーリャはそれ以上訊ねても答えず、それは幸せそうに笑うだけだった。



その後、スーリャは無事に双子を出産する。
ジーンクス王家によくみられる薄茶色の髪とスーリャの蒼い瞳の色を継いだファウス・リィナ・ジーンクス。両親と同じ黒髪と日本人特有の黒い瞳を継いだファクト・ルゥサス・ジーンクス。
よく泣き、よく飲み、よく寝る、いつでも二人一緒な仲良し双子。
ただ今、二人して睡眠中。
束の間の静寂の時間である。

赤子用の小さなベッドに仲良く二人で寝かされている双子の様子を、その傍らで笑み崩れた新米父が見つめている。
それを少し疲れた様子で長椅子に腰掛け、呆れたように眺めている新米母。
「あんた、仕事はどうしたんだよ?」
「……休憩時間だ」
一拍開いた間に、スーリャはため息をつく。
「嘘だな」
「何を根拠に……ッ!!」
近づいてきた禍々しい気配と、
「……ほら、来た」
応えの間もなく開かれた扉の先。

そこには、顔だけは笑顔のリマが仁王立ちしていた。
「スーリャ、この阿呆を連れていきますね」
リマの言葉は問いではなく、決定。
「どうぞ、遠慮なく。扱き使ってやって」
対するスーリャの言葉も、本人の意思を初めから無視した素気無いもの。
毎日のように繰り返されるこの騒ぎに、スーリャも宮殿内の人間も慣れてしまった。だから、彼の言葉に遠慮も気遣いもない。
シリスの親馬鹿加減は王宮中に知れ渡っている。このまま行けば、国中に広まるのも時間の問題だろう。

情けなく宰相に引きづられていく王と、それをいい加減にヒラヒラと手を振り見送る王妃。
それは、とても平和な光景。
スーリャは燦々と光の降り注ぐ窓から外を見上げる。
そこにあるのは、どこまでも真っ青な空。
「俺は幸せだよ」
小さく、小さく。誰に聞かすでもなく。
花開いたような笑顔で、視線を外から眠る我が子らに向け、

「この子達が俺の幸せの証。俺が選んだ道の証」

そっと宝物のように呟いた。



ここに一つの物語の終わりを綴る。
ジーン王国の黎明期、最初の王ルイニ・シリス・ジーンクスとその伴侶スーリャ。
後の世に不可思議な伝説を幾多にも残す彼らの、これは真実とも嘘ともつかない始まりの物語である。



<完>





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2011/12/30



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