地の先導者 <36> |
そうして始まった夜会は立食形式の、内輪というだけあって格式張ったものではなかった。式典みたく、長い演説があるわけでもなく、其処此処で気の合う者達が集まり、好きに飲んだり食べたり話したりしている。 国の中枢を担っているというだけに、年配者が多い。だが、三十、四十代の者も居ないわけではない。 なによりスーリャが意外に思ったのが、会場内に給仕以外の女性がそれなりに居たことだ。年代に関係なく、全体の三分の一ぐらいは女性ではないのだろうか。 スーリャはシリスに連れられて会場内に入った時から、当然、注目された。 萎縮しそうになる気持ちをなんとか奮い立たせて、彼は毅然と歩く。それだけで精一杯だったのだが、そんな彼を快く受け入れてくれたのは、なにより女性達だった。 入れ替わり立ち替わり挨拶に訪れる彼等に、スーリャもまた挨拶を返していくのだが――。 女性方からは好意的な感情しか伝わってこない。 男性方からは感情を伺わせないとか、表面ではにこやかに腹の中では忌々しく思っていそうとか、興味深深な感情が隠し切れていないものとか、すべてが好意的でもない感情を持っている人も混じっていたのになぜだろうか? スーリャは内心、首を傾げる。 そこはまあ、裏で色々動いていた人がいるからなのだが――。 当然、見知った者も会場内には居て、スーリャの緊張も長くは続かなかった。 その中で、一人、他の人とは装いの違う女性が、スーリャとシリスの元へと近づいてくる。 「この度はおめでとうございます。このような喜ばしい席にお招きいただき恐悦至極。大変うれしく思いますわ」 洋装のドレスを着た女性がドレスの裾を摘み、優雅に会釈した。 亜麻色の髪。異国の服。 噂の王女さま? スーリャの表情が少しだけ固くなり、シリスの腕を掴む指に少しだけ力が入る。 「今宵は堅苦しいことはなしに、ごゆるりと。蒼夜、こちらはフィシアのサヴィス王女だ。勉学のため、我が国に滞在している」 顔が上げられ、はっきりと間近で女性の顔を見た。その顔は普段よりもおめかしした、それでも確かに知っている顔だった。 「ヴィスぅ!? なんで……」 絶句して言葉もないスーリャに、彼女はにっこり笑い掛ける。 「驚いた?」 悪戯が成功した子供のように笑う彼女に、スーリャが深く息を吐き出す。 「驚いたに決まってるじゃないか」 こんなドッキリ。心臓に悪いこと、この上ない。 声に恨みがましいモノが混じっていたとしても、この場合仕方ないだろう。 「ルイニ陛下。お願いがござまいす。少しの間でよろしいので、今日ぐらいスーリャをわたくしにお貸しくださいませ」 ……………。 挑戦的にシリスを見るヴィスに、渋面になるシリス。 「今日ぐらい? 俺の聞き間違いでしょうかね? あなたは蒼夜とかなりの頻度で会っていると聞いていますが?」 こういう場だからこそ、シリスはスーリャを自分の傍から離したくない。彼が自分の伴侶であると堂々と知らしめておきたいのだ。 「あら? そんなことはありませんわ。せいぜい週に三、四日。放課後の短時間ですもの」 シレっと切り返したヴィスは更に言葉を続ける。 「こんな風に着飾った可愛いスーリャを傍に侍ら……コホンコホン、スーリャとこんな風にお話し出来る機会はわたくしには陛下ほどありませんもの。少しくらいわたくしにお貸しいただいてもよろしいではないですか」 何か聞いてはいけない単語が混じっていたような気がしないでもないが、聞かなかったことにした方が精神衛生上良いに違いない。 スーリャは本人を無視して会話する二人の間に割って入った。 「シリス、俺もヴィスと二人で話したい。良い?」 彼にそう言われてしまえば、シリスも否とは言い難い。 仲間を得たヴィスは悪乗りし、 「スーリャ。今日のあなたの装い、とても可愛くて素敵よ。なのに、中身はやっぱり男前なのよね。ホント惚れちゃいそう」 彼女は頬に手を当て、ワザとらしくしなまで作ってほうっと息を吐き出す。 それが冗談だとスーリャは苦笑するだけだったが、その隣に居たシリスはそうとは受け取らなかった。 「蒼夜は俺の生涯唯一の伴侶です。あなたにはあげませんよ」 そう宣言して、スーリャに口付ける。 慌てたのはスーリャだ。 こんな人前で、しかも、濃厚なディープキス。 不意打ちの上に体格も力も差があるのだから、スーリャの抵抗などシリスにとっては他愛もないもので――。 彼が満足するまで付き合わされたスーリャの顔は羞恥のためか、怒りのためか、はたまた呼吸困難によるものか、それは見事に耳まで赤く染まっていた。 「まぁ、これは御馳走さま。仲睦まじいご様子で何よりですわ」 芝居ではなく本気で頬をほんのり赤く染めたヴィス。 彼女の言葉は、スーリャの羞恥心の限界を突破させるには十分な破壊力を持っていた。 「……――〜〜〜〜シリス!! あんたとはしばらく口を聞かないからな! 少しは反省しろ、は・ん・せ・い!!」 いぃーだ、と子供のように歯をむき出して怒鳴ったスーリャは、ヴィスの手を掴んで会場から逃げ出したのだった。 バタンと閉まった扉の音が、静まり返った会場内に大きく響き渡る。 憐れ、シリス。 周囲から同情の視線や呆れた視線、苦笑、失笑など。 様々な感情を一身に浴びて、深いため息を一つ。 仕方なしに場の収拾に当たった彼の様子はひどく意気消沈しており、その背中は哀愁を漂わせていたとか。 |
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