地の先導者 <33> |
「俺の方は良いとして、あんたは本当に大丈夫なんだよな? なんか変な元神さまが大丈夫だって言ってたし、顔色も体調も悪そうに見えないけど、思い返してみれば自爆とか物騒な言葉も言ってたし」 ペタペタとシリスの身体を確かめるように触るスーリャに、彼は苦笑した。 「変な元神さま、か。言い得て妙だな。でも、まあ口では否定しつつ、なんらかんら面倒を見てくれたからな。そうか、どうも、雰囲気が人とは違うと思ったら、元は神だったのか」 しみじみと思い返してみれば、妙に納得である。 「確かに。口は悪かったけど、それを裏切る世話焼き具合だった気がする。でも、シリスに似てたよ。あんたの身体を使っていたからって訳じゃなくて、なんか根本の雰囲気がさ」 だから、あの存在に対して不審には思っても、嫌悪はなかった。初対面なのに、その言葉を疑えなかったのはその為だったのだと今ならわかる。 スーリャの発言に、シリスは嫌そうに顔を顰めた。 「俺はあれほどお節介じゃない」 助けられたとはいえ、文句たらたら。言葉とは裏腹に面倒見はえらく良くて、お人好しで……性格は元とはいえ、とても神とは思えない。 あれは神さま辞めて正解だな。 瞬時にそう結論を導き出したシリスと、 「そうかな? あんたも十分世話焼きだと思うんだけど……」 見つめ合うことしばし。 噴出して、先に目をそらしたのはスーリャだった。 「でも、あの神さまのお陰で、今、こうしていられるんだよね。感謝しなくちゃ」 シリスも愉快そうに顔を歪める。 「そうだな。だから、こうして普通に蒼夜と笑っていられる。感謝はするべきだな」 自然と近づく顔と、重なる唇。 軽く重なるだけで離れ、二人は間近で微笑み合う。 「俺がカイナに根付くためにやらないといけないことがあるんだけど、一緒に来てくれる?」 軽い調子の言葉とは裏腹に、スーリャの瞳が少しだけ恐れに陰る。 「俺がのみ込まれた歪みの正体を、見極めにいかないといけないんだ。俺の予想が間違っていなければ、あれは俺にどうしても必要なモノだから」 シリスは当然の如く頷いた。ついて来るなと言われたってついていく。 歪みにスーリャを取られるなど、二度とごめんだった。 二人は月沙湖へ向かった。 湖に近づくほどに、スーリャの緊張が握られた手から伝わってくる。力が込められた手に答えるように、シリスは彼の手を強く握り返した。 そうして到着した月沙湖は、いつもと変わらず異様な静寂に包まれていた。 二人が湖の畔に立つと、その目の前の空間が不自然に小さく歪み、白い渦が現れた。二人はしばらく対峙していたが、渦が変化することはなかった。 ふと見つめていたスーリャの肩から力が抜ける。 アレが何なのか。なぜ自分の前に現れたのか。 初めてしっかりと向き合った彼は、やっとそれの深淵の一端を理解する。 「俺って馬鹿かも。俺が拒絶して否定したからか。カイナはこうして俺のための居場所を作ってくれてたのに、気付かなくてごめんな」 その言葉に呼応するように、白い渦は丸い物を吐き出すと霧散した。 白いそれはまるでわたあめのよう。 ふわりふわりとゆっくり下りてくる様は、粉雪のようだった。 「俺が怖がってた正体がアレって……ちょっと自分でも情けないかな」 自嘲するスーリャに、シリスは問い掛ける。 「害意はなさそうだが、大丈夫なのか?」 心配そう声を掛けたシリスに、スーリャは頷いた。 「あれはさ、この先、俺がカイナで生きるために必要なモノなんだ。それが俺をのみ込むほど肥大したのは、俺がずっとずっと否定し続けたから。俺が変化を恐れて拒絶したから。だから、その変化の先にあったアレは行き場を無くしてしまった」 ごめん。君達はずっと俺の準備が整うのを待っていてくれたのにね。 差し出されたスーリャの手に触れた途端、パッと弾けるようにそれは霧散した。 『しってるよ。わかってる』 『だって、ぼくらはあなたからうまれるんだから』 微かに聞こえた声は甲高い子供の声で、スーリャは何もない宙に差し出したままの手をマジマジと見つめる。 「シリス、何か聞こえた?」 「いいや。何か聞こえたのか?」 「まあ、うん。内緒」 右手はシリスと繋いだまま。差し出した左手を胸元で握り締めて、スーリャはうれしそうに笑ったのだった。 |
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