地の先導者 <31> |
シンリアの視線の先、彼の足元にシリスの姿が現れる。 気絶しているのか、眠っているのか。彼の瞳は閉じられたまま、その身は力なく横たわっていた。 「起きろ、ド阿呆!!」 しゃがみこんだシンリアが、シリスの耳元で怒鳴る。 反射的に起き上がって彼から距離を取ったシリスは、自分が得体のしれない場所にいることに気づいて困惑した。 これと似たような空間を見た記憶がある。ルー・ディナの所だ。 だが、視線の先にあるのは先程の声の持ち主だろう男であり、その背には精緻な細工物に見える光の籠に入れられた、これまた光の玉ぐらいしかない。 その玉から漏れた光の届く範囲外の部分は、暗過ぎて何も見えなかった。 「さてと。俺は非常に機嫌が悪いわけだが、おまえには自分のやらかしたことに対して存分に反省してもらわないとな。あの手段は最後の最期だろうが。確かに手っ取り早いだろうが、賭けにもならん。万事滞りなくすべてがうまくいく可能性はほんのわずかだった。それをあんな状態のおまえがやれば、必ず失敗するに決まってるだろうが。おまえがやったことは的確迅速な手段ではあったがな、最低最悪な手段だったはずだ。それがわかっていて、なぜ使った!?」 声のする方に目線を向ければ、そこには腕組みをしてこちらを睥睨する見知らぬ男が居た。 彼の発する言葉は、いちいち的を射ており、 「……あれしか思いつかなかった」 シリスは憮然としつつも、非常に不味かった自覚があっただけに強く出られない。 現状は疑問だらけだ。 あの時、自分の意識を、身体を奪ったのはこの男だ。聞こえた声からも、この口調からも間違いないと確信できる。 ならば、あの後、どうなったかもこの男なら知っているはずなのだ。なぜか自分と同じ色彩を持つこの男ならば。 額に手を当て、がっくりと大袈裟に肩を落とし、シンリアは疲れたように深々とため息をついていた。 「やっぱりド阿呆だ。どうしようもない阿呆がここに居る」 そうしみじみと呟く声が、いやに空間に響いた気がした。 「……とりあえず、あの後どうなったか教えてくれ。蒼夜は? 蒼夜はどうなった?」 シリスにとって男の発言は非常に不愉快だったが、今、この場で自分が知りたいことを知っているのは彼だ。 自尊心よりも、今、大事なモノは他にある。 まずはスーリャのことだ。あれが失敗したというのなら、彼はまだ歪みの中を彷徨っているというのだろうか。 「はぁ、初めに訊くのがそれなのか」 呆れ果てたその態度に、シリスの苛立ちが増す。 それを感じ取ったシンリアは肩を竦めて、口を開いた。 「とりあえず状況説明してやる。質問は後にしろ。おまえのやったアレ自体はほとんど成功していた。ただな、それを引き金に余分なおまけ的惨事が引き起こされたわけだ。それが、おまえの力の暴走。そこまでは記憶にあるだろ? そのお陰で俺がコツコツやっていた、おまえの力の再封印作業の全部が吹っ飛んだ。仕方ないから死にかけていたおまえを引っ込めて、一時的に無理矢理収拾をつけてからお嬢ちゃんをルーから受け取った。おまえの伴侶は先にルーが保護していたから元気だ」 ここまではいいか? そう問い掛ける視線に、とりあえず頷く。 色々疑問が増えたが、全部聞いてからの方がよさそうだった。 「神っていうのは色々制約に縛られるからさ、不便なんだよ。で、仕方ないから今、比較的自由になっている俺がおまえ達の問題を任させられた。とはいっても、俺もお嬢ちゃんに関してはほぼ丸投げした。適任者の元にカイナが精神だけ連れて行ったから大丈夫だろ。でだ、俺は俺の仕事に取り掛かったわけだ。おまえの力の封印作業。今までのモノはほとんど壊れちまったからな、俺が一から新しく作り直してやった。感謝しろよ、今までより頑丈に繊細に作ってやったんだ。力の制御もし易くなっているはずだし、何より今度こそ暴走する可能性は限りなくゼロになるはずだ」 ただな――。 「おまえのやったこともド阿呆だったが、俺のやったこともけして褒められることでもなかったんだよ。ただでさえ力が暴走して身体が耐えきれなくなっている所に、俺が表面に出ちまったからな。そうしなければ死んでいたとはいえ、その対価は無償じゃない。特に負荷が掛ったのは、おまえの瞳だ。おまえは視力を失うはずだった。カイナが介入しなければな。感謝しろよ」 ……………。 シリスは腕を組み、フムと考える。 「……訊きたいことは色々ありすぎるんだが、まったくなんだかわからん。蒼夜が無事なことはわかったが、俺はいったいどうなったんだ?」 シリスにとって一番重要なことは聞けた。だが、その他のことは疑問が疑問を呼び、どう訊ねていいかもわからない。 結局、考えることを放棄した彼は結論だけを求めた。 ……………。 「……目覚めれば五体満足でお嬢ちゃんに会えるってことだ」 何かを諦めたような顔をしてこちらを見る男に、シリスはどことなく罪悪感を覚える。そう言えば、と今更のように思った。 この男は誰だ。まるで自分の中にずっと居たみたいな言い方をしていた。 「今更だが……誰だ?」 「……本当に今更な質問だな。俺は、そうだなぁ、言うなれば、おまえの遠い遠い魂のご先祖さまって所だな。おまえの瞳は俺の瞳を継いでるんだ、最悪なことに。便利だけど、人が普通に暮らすぶんには不便極まりない瞳の性能を、今まで中途半端に使えていたわけだが。幸か不幸か今回のことで完全に使えるようになってしまった、と。ただ制御能力も完全になっているから、慣れれば普通の生活に支障はない。経験者が言うんだから大丈夫だ」 確かに目の前の男は、自分と同じ金色の瞳をしている。 「あんたの後ろにあるその物体は?」 「ああ、これが今回の原因の一部だな。俺の作業がやり易いように視覚化させていたんだが、周りの丸籠が封印で、その中の光の玉がおまえの力だ。今度こそ使い方を間違えるなよ。こうまでして抑えないとおまえの力はその身体に収まらないんだ。お嬢ちゃんはともかく、なんでかおまえにもルーもメイもカイナも甘いんだよ。とはいっても、あいつらは己の領分を越えられない。越えれば、この世界の均衡が崩れちまうからな。それこそ取り返しのつかない大惨事になりかねない。だから、そうならないためにもおまえは絶対に自分の許容量以上の力を使うな。今のおまえならそれが認識できるはずだ。人でいたいなら、お嬢ちゃんの傍に居たいなら、その先には絶対に手を出すな。わかったな?」 今までのふざけた態度が嘘のように、真剣な表情で男はシリスを見ていた。 「……それは、自己の体験からくる教訓か?」 男から感じる鬼気迫る気配に、シリスは真っ向から対立する。 「………そうだな。そう取ってくれて構わない」 俺は最期まで完全に捨てきれはしなかったが……。 自嘲気味に笑うシンリアの真意を掴むには彼は若かった。だが――。 「あんたのさっきの言葉だけどな。俺に甘いっていうよりも、あんたに甘いんじゃないか。俺はその恩恵を与っているだけだと思うんだが」 違うか? 意味あり気に笑うシリスからサッと目を逸らし、シンリアはあらぬ方を見る。 「知らん。俺は寝る。おまえはとっとと起きろ。二度と俺を起こすようなことはするな」 それは、瞬きするような一瞬だったと思う。 気付けば男はシリスの前に居ず、彼の前には長椅子で眠るスーリャの姿があった。シリスは己が身体を取り戻し、自分の居る場所が館の居間であることに気づく。 「……俺はあの妙な男に助けられたんだな。礼を言い損ねた」 シリスはぽつりと呟き、微苦笑したのだった。 |
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