地の先導者 <30> |
夢とも現実ともつかない場所でスーリャが母との対面を果たしている時、シリスの身体を使うシンリアはといえば、意識のほとんどを力の封印作業へと当てていた。 その様子を傍から見れば、その姿はまるで瞑想しているよう。 だが、彼は自身の意識を沈めた先で、ブツブツと呟きながら工事現場の監督の如く物事を着々と進めていた。 ここは、シンリアが作り出した作業空間。 「コレはここ、アレはこの隣。で、ソッチのが――」 意識体で腕組みをして立つ彼の前には、作り掛けの光の籠があった。それの中心に煌煌と輝く光の玉のような物があり、光の籠はそれを取り囲むようにして作られている。 その様は、まるで鳥籠。 シンリアの意思に沿うように、同時にいくつもの光の紐が組み上がっていく。玉を閉じ込めるように巡らされている籠が完成に近づくたび、その光度は落ちていく。 「面倒だ。あ〜、いっそ籠じゃなく、壁にしてやろうか。力は使えなくなるが、一部の隙もなく囲ってやれば力の暴走なんて起きないはず……ぅん? それはそれで面倒だった。というか、そっちの方が労力使うじゃねぇか、俺の阿呆」 なんとも緊張感のないことをブツブツと呟きつつも作業は進み、精緻な模様を描く籠はその全貌を現そうとしている。 「今回の敗因は、今までと同じ封印を施したことだよな、どう考えても。年代的にも、血筋的にも、立場的にも、あまりにも最悪の好条件が揃ってるのはわかりきっていたのに。平平凡凡な封印じゃあ耐えきれなくても当然だよな。ルーシェの見込みが甘過ぎたってことだろ、これ。職務怠慢。平和呆け。俺はこういう細かい作業に向いてないっていうのに……。何か作るとか、制御するとかいうよりもさ。ぶっ飛ばすというか、ぶっ壊すというかさ。そういう方が性に合ってんだよ、まったく。―― へいへい、自分の魂の責任は自分で取りますよ」 何かを感じ取ったらしいシンリアが文句を言いつつも、誰かにしぶしぶといった感じで返事をしている。その視線は籠から外れ、虚空に向かっていた。 「わかってるって。俺の我が侭だったんだから、これくらいはやってやるよ。イレギュラーとはいえ、ここにこうしているんだからな。で、あのお嬢ちゃんの方は大丈夫なのかよ。俺は行き先を知らずに飛ばしたんだ。俺の力の範疇外であるここの外のことは、あんたが面倒を見るってわかってたからな」 独り言ではなく、しっかり誰かと会話をしているらしい。 だが、この空間に彼以外の姿は見えないし声も聞こえない。 「ほ〜、そりゃあ大丈夫そうだな。じゃあ後は、俺がこのド阿呆に苦情を言って終わりか」 作業を終えたシンリアが出来上がった籠をくるりと一回転させ、抜けがないことを確認して満足そうな笑みを浮かべる。 「なんだよ、あまり虐めるなって。俺が悪いのか? まったく。ルーシェもメイも甘い上に、あんたまでこいつらに甘いのかよ」 玉から漏れた柔らかな光が、やんわりとその場を照らし出す。刺々しさは完全に鳴りを潜めていた。 シンリアと姿も声も無き何かとの会話はまだ続き。 「……!? うるせぃ。俺はこいつの尻拭いをしただけだ。今の俺はこいつの一部でしかないんだから仕方ないだろ。それに……このド阿呆がいなくなったら、あのお嬢ちゃんが泣くんだ。なんでだろうな、姿なんてまったく違うのに、あの子そっくりで……でも、あの子じゃないんだ。同じ魂を持っていても違うって。自惚れじゃなく俺だからこそ、その違いが明確にわかる。俺がこのド阿呆でないのと同じように、お嬢ちゃんはあの子じゃない。でも、泣かせたくないんだから、あの状況じゃあこの方法しか取れないだろう。後で恨まれることになったとしても、さ。あ〜あ、損な役回りだ」 玉の光とは違う、キラキラと虹色に輝く光が上から降り注いで、シンリアはギョッとした。 「カイナ、やめろ。これ以上、こいつに加護は必要ない。分不相応な力は制御しきれずに身を滅ぼすだけだ。はぁ? 大丈夫だって? あぁ? はぁ、そういうことか。わかった。勝手にしろ。俺はこれが終わったら寝る。今代はもう何があっても起きない。知らんからな! あんたが責任持てよ!!」 しつこく感じるほど念を押すシンリアを尻目に、降り注いだ虹色の光は籠をすり抜け、玉に馴染んで消えていく。ほんの僅かに色を変えた玉を見つめ、彼は視線を外した。 さざ波のような笑いの波動が伝わり、シンリアが顔を顰める。 「用は済んだだろ。俺はこれからこのド阿呆と話がある。って訳で、あんた邪魔だから帰れ」 やっと消えた存在にシンリアは深く息を吐き出す。 「こいつの人生、平坦とは程遠いかもな」 ぽつりと呟き、ほんの少しだけシリスに同情したシンリアだった。 |
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