地の先導者 <27>



強制的に眠らしたシリスの記憶から館の場所を割り出し、シンリアは目覚めないスーリャを腕に抱いたまま移動した。
幸いなことに館は無人で、スーリャを居間の長椅子に横たえる。

「この身体のことを考えると、保って一日だな。あぁ〜、俺のここ数週間の苦労は水の泡な上に、時間が皆無って最悪すぎるだろ。絶対、後でこのド阿呆に文句言ってやる」
床に蹲って、頭を抱える。
そして、そのままブツブツと文句を言いつつ、その半面でシンリアは大っぴらに封印を初めからやり直していたのだが―――。

「……あんた、誰?」

作業が進むにつれて周りへの注意が疎かになっていた彼は、うっかりスーリャの存在を忘れていた。彼が目覚め、その様子を観察していたことに、声を掛けられるまで気付かなかった。
「誰って―― もしかしてあっちで記憶がぶっ飛んだか? この姿はどう見たってシリスだろ」
ギョッとしたように立ち上がってマジマジとスーリャを見れば、月沙湖の水面のように静かな色を湛えた蒼い瞳と目が合う。

「中身が違う。だから、あんた誰? シリスは?」

口調が違う。動作が違う。自分を見る瞳も、まとう雰囲気もまったく違う。
でも、その身体はシリスのモノだ。その髪の色も、その瞳の色も。
すべて彼を示すもので、左薬指にはスーリャの胸にある青の聖石の対が填められている。
内心は疑問だらけだったが、それを相手に悟らせるわけにはいかなかった。
正体の知れない怪しい存在など、信用出来ない。付け込まれる隙を作るわけにはいかないのだ。
まず訊きたいのは、この中身が誰かで、シリスがどうなっているか、なのだ。

取り乱す様子もなく感情を悟らせないその瞳と表情に、あぁと思わず嘆きたくなるシンリアだった。
本当に今日は貧乏くじばかりだ、と内心で愚痴る。
なぜ "彼女" とはまったく似ても似つかないと思ったその姿で、そっくりな行動を取る "彼" に、初めて会った時の "彼女" を彷彿させる瞳で見られる羽目になったのか。

精神的な打撃を受けて内心凹みつつも、スーリャにその思いを悟られないようにシンリアは答えを返す。
「俺は言うなれば、忘れ去られた元神さま、だな」
「忘れ去られた元神さま?」
まったく信じていない顔でそう繰り返され、シンリアは内心では落胆し、表面では飄々とした表情を浮かべる。
「で、その神さまがなんでシリスの身体を使ってるの?」
全然怖くもない顔で睨まれ、シンリアは内心ため息をつき、表面では顰め面を作った。
「それはこのド阿呆が無茶な力の使い方をしたせいで自爆しかけたから、だな。俺がこいつの身体を乗っ取るしか助ける方法が無かった、というわけだ」

スーリャの顔から血の気が徐々に引いていく。
「力を使ったって……。自爆しかけたって……。シリスは?」
シンリアの腕を掴み、その手が血に濡れていることに気づき、ハッとスーリャは手を放した。
触れた部分がひどく熱かった。まるで高熱でも出しているように。
「ああ、これは大丈夫だ。血はもう止まっているし、もう傷も無い。それに阿呆も今の所は無事だ」

あんな顔をさせたいわけじゃない。
けれど、今、それを否定したとしても、事実に変わりはなかった。
最悪を回避することは可能だが、その代償がけして少なくないことをシンリアは知っている。

「今の所は?」
隠しきれない不安の滲み出た問い掛け。
それでも、シンリアは嘘をつけない。
「そう。今の所は、だな。この身体はこのままだと保って一日。それ以上この状態が続けば、命もヤバいかもな」
けれど、すべての事実を告げれるほど非情にも成り切れない。

蒼白になったまま己の手を白くなるほど握り締め、すがるように見つめてくるスーリャに、彼は言葉を続ける。
「それも起こりうるってだけだ。俺は今、それを必死扱いて止めようとしているわけなんだが―― それに集中するためにも、先におまえの問題から手をつけるか」
これ以上、彼と話して余分なことまで言ってしまっては本末転倒だ。
こちらの作業時間に余裕もない。
何より彼には彼の、ケリをつけるべき問題がまだ残っている。

「とは言っても俺じゃあ手に余るんだよ、おまえの問題。だから、適任者の所に飛ばしてやる。しっかり甘えてこいよ。じゃあな」
困惑した表情をみせたスーリャに構うことなく、シンリアは彼の額を人差し指で軽く小突く。その時に二言、三言、彼には聞き取れない言葉を呟いた。
それを契機に、スーリャの意識は途切れる。力の抜けたその身体をシンリアが支え、再び長椅子へと横たえた。

「カイナが望んでいる、か。すんなり行ったようだし、その通りだな。はぁ、世話の焼ける。―― 後は当初の俺の仕事を終えるだけ、と。今度こそ、ゆっくり寝てたいよ」

シンリアはそのままその場にドカッと座り込み、足を組んで目を閉じたのだった。





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2011/12/19



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