地の先導者 <24> |
シリスはまず執務室に戻った。 そこでは仕事を放り投げてきた自分を、リマが怒り心頭で待ち構えているはずだ。だが、それに恐れをなして、このまま雲隠れするわけにもいかない。 それでは国王として、国民に生かされる者として、無責任すぎる。 それに後々そんなことがスーリャに知れたら、彼から怒髪天に怒られるだろう。ただでさえ会える時間が少なすぎるぐらいなのに、しばらく会ってくれなくなるかもしれない。 それに執務室に向かう理由は、リマに後のことを頼むためだだけでなく、もう一つある。王宮内から外へお忍びで出掛けるには、あそこに設置された隠し通路を使うのが現状からして最善策だったのだ。 執務室の扉を開けたその先。 予想とは違って、いつも通りのリマが居たことに、シリスは拍子抜けをした。 「お帰りなさい。予想よりも早かったですね」 表面上は至って穏やかな彼の様子に、シリスは警戒心も露わに入口で立ち止まる。 「そんな所で固まっていないで、早く部屋に入って扉を閉めてください。間抜け様が外に丸見えですよ。みっともない」 王という職業には、体裁を取り繕うことも含まれている。無様な姿をさらして国民に不信感を持たれてしまっては、国政が滞る可能性も出てくる。 王も単なる人間ではあが、それはそれ。国の頂点に立つ以上は、それなりのものを求められるのだ。 とりあえず指摘された通りに室内に入り、扉だけは閉める。そして、警戒を解かないまま、シリスは恐る恐る口を開いた。 「……怒って、ないのか?」 シリスの口から零れた言葉は、やっとリマに届くぐらい小さな声だった。 閉鎖空間となった室内の声は、大声でも上げない限り外には漏れない。 王の執務室という、国の最重要課題を扱う場所である以上、外部に情報が漏れることを防ぐ必要がある。だから、この場所は厳重な警護と情報漏洩対策が取られている。警護に係わる人間も信用のおける、口が堅い人間だけだ。 完全に室外と遮断しないのは、もしものことがあった時のためだ。 「怒っていますよ。仕事を放り出したことについては――」 言葉とは裏腹ににこやかに笑ってみせたリマに、シリスは逆に恐ろしさを感じる。あからさまに視線を逸らした彼に、リマは仕方ないとでも言いたげ息を吐き出した。 「その点については、後程、自分でツケを払ってもらいますから覚悟しておいてください。……あなたがあれ程慌てて出ていった問題、まだ解決していないのでしょう? ここでのんびりしていて良いのですか?」 助け船を出すようにして紡がれた言葉に、シリスがリマの顔をマジマジと見つめた。 「私を誰だと思っているんですか。あなたがあんな風に慌てるのはスーリャのことぐらいでしょう。でも、彼に会ったとしたらこれ程早く帰ってくるはずがないんです。なら、彼に何かあったと考える必要があります。それもラシャでも母さんでも対処出来ない事態。違いますか?」 自分の行動を完全に読まれている。 その観察眼に空恐ろしいものを感じるが、今に始まったことではないかとシリスは諦めた。 「……違わない」 リマを出し抜こうなど考えるだけ無駄なのだ。絶対、敵に回したくない人間だと改めて認識し、そんな場合ではないのにやるせない思いに駆られて、シリスは深いため息をついた。 「とりあえず三日だ。俺の仕事の予定は無しにしてくれ。今は大丈夫だったよな? 俺はこの後、月沙湖に向かう。あの場所ならば蒼夜と縁が深い。あと――」 簡潔に必要と思われる言葉を述べていけば、リマの顔から徐々に笑みが消えていった。 「……必ず二人で無事に帰ってきてくださいね」 真剣な顔と心配を滲ませる声に、シリスはその顔に笑みを浮かべる。 「当たり前だ。帰ってくるに決まってるだろう」 その言葉に、それはそれはにこやかな笑みをリマが顔に浮かべる。彼から発せられる得体の知れない何かを本能で感じ取り、シリスの顔が自然と引きつった。 「あなたの仕事はたっぷり残しておきますから――必ず帰ってきてくださいね。なるべく早めに」 追い打ちをかける言葉に、シリスはがっくりと項垂れる。 リマなりの、遠回しな気遣いの言葉に違いない。 たぶん、そのはずだ。そうなんだ、よ、な? シリスは心の中で己でも信じていない言葉を呟くのだった。 |
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