地の先導者 <2>



スーリャが現れたあの日から、とうに季節は一巡し、過ぎ去った。
彼の顔から幼さはほとんど消えたものの、その中性的でどちらかというと女性よりの顔付きは変らない。
背も多少伸びたものの、自分達からすればやはり低い。
そして、相変わらず華奢なのだ。
とても十九だとは見えないが、本人が言うのだから間違いないだろう。
けれど、その事実は大きな誤算だった。
わずかな希望をたくせる期間は予想よりかなり短い。
だが、諦めたらそこで終わりだ。

「わかりました。いっその事、性別詐称して結婚を推し進めましょう」
紡ぎ出されたリマの言葉に呆けた後、何を言われたか理解してシリスは目を見張った。
「……自分の言った言葉の意味、しっかりわかっているか?」
唖然とした様子のシリスを見て、リマがにこやかな笑みを浮かべた。
「何も今すぐ結婚しろなんて無茶、私も言っていませんよ。国王の結婚ですからね。国を挙げての祭りと言っても過言ではありません。盛大に祝いましょう。そのために半年や一年、準備期間を設ける事ぐらい普通ですよ」
なんとなくリマの言いたい事を察して、シリスが微妙な顔をする。
「その間にスーリャを口説き落としなさい。性別を変えて、子供を産んでもいいと思われるぐらいにシリスがなればいいんです。それともなんですか? それほどまでに愛されるようになる自信はありませんか?」

カイナの人間とは違い、スーリャは性別に対する確固とした固定観念を持っている節がある。
同性同士の恋愛も、性別の転換も、カイナでは至って普通の事だ。
けれど、彼のいた世界ではそれは一般的なものではなかったらしい。
だいぶ前にそう聞いた覚えがある。
彼の根本にある様々な異世界の常識は、色々な場面で障害となるだろう。
それは仕方のない事だと言えるのかもしれない。
住む場所が違えば、それこそ世界という大きく隔たりのある違いがあればそんな事は当たり前で。
それでも二人は互いを唯一と選んだのだから――。

「別に子供は……」
そう言いかけたシリスを一睨みで黙らせ、
「シリス。あなたは王です。その義務から逃れる事はできませんよ」
リマは諭すように言った。
「義務なんて――おまえが言うのか!」
シリスの萎れていた表情に、カッと怒りが灯る。
「私だって言いたくはありませんよ。でも、それが王の、ひいては王族の務めでもある事を否定はできません」
それを真っ向からリマは受け止め、静かに言った。
その瞳に宿る、なんとも表しようのない感情を見つけて、シリスが開きかけた口を閉ざす。
「まあ、そんな事言ってもしょうがないですがね。それで、本心ではどうなんです? シリスはスーリャとの間に子供、欲しくありませんか?」
可愛いですよ、子供は。
そう言い笑みをもらすリマの顔に、シリスは苦笑する。
「……欲しくないって言ったら嘘になるだろうさ。蒼夜が産んでくれるなら何人でも――。ただ、それを強要するつもりはないだけだ。俺は蒼夜の方が大事だからな」

仮定の話をしても仕方ない。
そう言って仕事に戻ったシリスに、リマはこれだけは言っておかなければと話しかける。
「とにかくその方向でこの話は進めます。とりあえず内輪の披露は三ヵ月後に……」
「それは無茶だろ!」
リマの言葉を遮り、シリスが叫んだ。
「何が無茶なんです? それだけあれば、スーリャも心の準備ができるでしょう」
「いや、そうじゃなくて。いちおう内輪とはいえ披露目をするという事は、何かと煩い連中が大勢いるわけで……」
そこまで言って、ピンときたのか。
リマが「ああ」と頷く。
「大丈夫ですよ。スーリャはもう王族の礼儀作法、その他諸々。とりあえず必要な事は習得済みですから」
「は?」
反射的に聞き返すシリスに、リマはなんとも曖昧な笑みを見せる。
「彼が母に術の使い方を習うついでに、他にも色々と教えたそうです」
だから、作法も十分人前で通用するほどできている。
そう保証したリマの視線の先で、不審そうにシリスの眉間に皺が寄っていく。
「なんでそんなに用意周到なんだ?」

その当時、まだ二人は恋人同士ではなかった。
ただの保護する者とされる者の関係。
まだ、互いに相手をそういう相手として意識もしていなかっただろう。
それなのになぜ?
シリスが疑問に思うのも当然だった。
「それは、ですね。なんと言いますか。母はあなたがスーリャを紹介した時から、彼をあなたの嫁にと言っていたんですよ。あなた達はまったく聞いていませんでしたけどね。目の前で話していたというのに……」
その時の事を思い出したのか。
リマが遠い目をした。

「あの通り、あの人は一度言い出したら聞きませんから。まあスーリャも母に付き合って、疑問に思いつつも覚えてくれましたし」
あははとわざとらしく空笑いし、しみじみと言葉を続ける。
「まさかこんな風に役立つ日が本当に来るとは、私も思っていませんでした」
シリスは呆れて言葉もなかった。
ナイーシャもナイーシャだが、それに付き合ったスーリャもスーリャだ。
額に手を当て、シリスはおもむろに息を吐いた。
「そういう事なのでシリスの心配するような事にはなりませんよ。大丈夫です。――それでですね。式はとりあえず一年後という事で。どうなるかはシリスのがんばり次第ですからね」
手元の作業に戻ったシリスがその言葉に応えを返す事はない。
リマは仕方ないとでも言いたげに肩を竦め、それ以上何か言うでもなく自分の仕事に戻ったのだった。





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2007/08/04



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