地の先導者 <18> |
真っ白な空間。 スーリャはそこで一人、立っていた。 まるでルー・ディナのいる空間みたいだと思った。けれど、ここは違うと、その考えをすぐに否定する。 同じ白い空間だというのに、ここはあまりにも寒々しく淋しい。 打ち捨てられた世界に独りぼっち。 そんな気がした。 湧き上がる恐怖を抑えるように、スーリャは己の身を両腕で抱き締める。 これは夢だ。 彼は本能でそう悟っていた。 すべては幻。覚めれば忘れる夢だ。 心はこの場から早く抜け出したいと訴える。こんな場所に居たくない、と。 なのに、スーリャの足はこの白い空間の中で一歩も動かなかった。まるでその場に足を縫いつけられてしまったみたいに、己の足は言うことを聞いてくれない。 足元を確認したが、白い足元以外に目を引く物は何もなかった。 スーリャは戦く。 どうして? 混乱は焦りを生んだ。 だが、いくら足掻こうと、スーリャの足は言うことを聞かなかった。 なんで? ふと。 白い空間がじわりじわりと黒く染まっていることに気づいた。 遠くの方からスーリャ目指して白をのみ込むように黒く変化していく。徐々に迫ってくる黒い空間の先には、何も見えなかった。 それがスーリャにいっそうの混乱をもたらした。けれど、彼はその黒い空間から目をそらすことが出来なかった。 その黒色が中心の地で見た、絶望の闇のようで――。 無力な自分はこのまま逃れることも出来ずにアレにのみ込まれるのだ。 あの哀しい、暗黒の世界に。 たとえこれが夢だとしても、今、感じている恐怖は本物だ。 『それでも世界は絶望だけではないの』 闇にのみ込まれ意識を失う寸前に彼の脳裏に浮かんだのは、ナイーシャの言葉だった。けれど、今の彼にはこの闇の中でそれ以外の物を見つけることなど出来なかった。 スーリャは最後まで気づかなかった。 キラリキラリと。 とても小さな二つの光が、その闇の中で抗うように瞬いていたというのに――。 目を開けたら朝だった。 窓掛の隙間から室内に日の光が入り込んでいる。 居間から移動した記憶はないが寝台の上だ。話の途中で眠ってしまった自分を、たぶんシリスが運んでくれたのだろう。 この時間にその姿がないのはいつものことだ。 むくりと起き上がったスーリャは、額を押さえて深く重い息を吐き出した。 なんとなく頭が重い。 夢を見たような気がした。それもあまり良い夢ではなかった気がする。 けれど、内容をまったく覚えてなかった。 夢の中身など、大抵目覚めれば忘れるものだ。いつもならこれほど気にするものでもないのに、ひどく気になった。 何か、とても大事なことを忘れてしまった気がする。 もどかしさを感じながらも、思い出せそうにはなかった。 「スーリャさま、お目覚めになられましたか?」 ベッドの上でぼんやりとしていたスーリャは反応に遅れた。 彼が眠っているかもしれないことを考えてか。扉の開閉音も無く、気配も消してこっそりと入室したらしいラシャと目が合い、誤魔化すようにへらりと笑う。 「おはよう、ラシャ。シリスは?」 「シリスさまは夜明け前に王宮に戻られました」 予想通りの回答に、スーリャが苦笑する。 「こちらをスーリャさまに、と」 恭しく差し出された白い封筒に目を丸くし、スーリャは首を傾げた。 受け取ってしげしげと表面を見つめる。そこにはこちらの文字で「蒼夜へ」と確かに自分の名前が書かれていた。 裏には少々癖のある文字でシリスのサインが記されている。 手紙には、スーリャが目覚めるまで居ることの出来ない謝罪とナイーシャを訪ねること、大まかに分けてその二点が書かれていた。 シリスが自分の事を心配する様子がありありと伝わってくる文面に、彼の胸は自然と温かくなる。寝起きに感じた重苦しさも、どこかに行ってしまった。 だから、スーリャは自分が気にしてた『何か』の存在すら忘れてしまった。 その『何か』に彼は数日後、直面することになる。 水面下で事態は動き始めていた。 |
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