地の先導者 <13> |
スーリャはあの日を境にたびたびキリアの家を訪れるようになった。 今日も彼に会うため、ラシャを供に彼の家へと教えてもらった最短距離を歩いていたのだが――今いるこの通りはスーリャが歩くにはどことなく場違いで、少々問題な所だった。 「スーリャさま。いくらこちらの道が近道とはいえ、場所が場所です。まだ日も高い刻ではありますが、ここはあまり治安もよろしくございません。回り道いたしましょう」 ラシャは何度もそう諌めるのだが、スーリャは「大丈夫」と言ってそのままスタスタと歩いて行ってしまう。 主の行動に困った顔をしつつも止めることもできず、ラシャは後に従うしかなかった。 今、二人が歩いている通りは店屋の並んだ通りで、一見、どこにでもある普通の通りだった。 ただし、昼間のこの時間帯はまだ開いている店も少なく、人通りも乏しい。 それもそのはず。 この通りが本格的に賑わうのは夜。 ここはいわゆる夜の店、飲み屋や妓楼が多く軒を連ねる通りだった。 本来ならスーリャにはまったく縁のない場所である。 長年この地に住み、土地勘のあるキリアが近道だと教えてくれたから、スーリャも使っているに過ぎない。 実際、この通りを避けてキリアの家に行こうとすれば、かなり大回りに歩かなければならないのだ。 それこそ時間と労力の無駄だった。 今までにも何度かこの道を通ったが、なんのトラブルにも巻き込まれていない。 それどころか昼間のこの通りは他の通りより人が少ないため、逆に静かで快適な抜け道だった。 だからこそキリアもこの近道を教えてくれたのだろうけれど――。 今日もまた、スーリャはいつものように何事もなく通り抜けられるはずだった。 それをその時までまったく疑ってもいなかった彼だが、もうすぐ抜けるという所で人の争う声を聞いたような気がして立ち止まる。 「ラシャ」 同じく立ち止まったラシャを振り返り、スーリャは呼びかけ瞳で問う。 気のせいではなく人の争う声が確かにした。 ただ、むやみやたらに首を突っ込むほどスーリャとてお人好しではない。 下手に関わって厄介事に巻き込まれては困る。 一緒にいるラシャは当然のことながら、もしそれがシリスにまで及んでしまったら……? 事が大事になったら迷惑をかけてしまうし、そこまでいかなくとも知られれば心配させてしまう。 忙しいシリスを自分の事で煩わせたくないからこそ、スーリャは自分の行動には気をつけていた。 けれど、今のような場合は別だ。 多勢に無勢。 華奢な少女に、多数の男達。 どんな経緯があったかは知らないが、端から見て少女の方が分が悪いのは明らかだ。 場所的にもここで見て見ぬ振りをすれば、少女の行く末など想像に難くない。 幸いここにはスーリャだけでなくラシャもいる。 彼女は宣言通り、スーリャよりも強かった。 今は彼の良い先生だ。 ラシャの優先順位はスーリャだったが、彼自身が少女を助けることを望んでいる上に、このような状況の少女を見捨てられるような性分でもない。 ラシャは素早く隠し持っていた折り畳み式の棒を組み立て手に構え、 「スーリャさまはこちらに隠れていてください。あのような者達、私だけで十分事足ります」 はっきりと言い切った。 守られる立場にあるのは自分だ。 彼女は確かに自分より強い。 だが、男の自分がか弱そうに見える彼女に守られ何もしないというのも申し訳ないと言うか、情けなかった。 だからといって、意地を張って足手まといになるのはもっと嫌である。 スーリャの複雑な気持ちは表情にもで出ていたらしい。 ラシャは笑みを浮かべた。 「スーリャさまは保険です。もしもの時は助けを呼んできていただけますか?」 スーリャの矜持を守るようにそう言い、彼の顔をまっすぐに見つめる。 ラシャの気遣いにスーリャは素直に頷き、男達から死角になる場所に移動する。 それ確認してからラシャは表情を引き締め、少女と男達に向かって行った。 力の差とはこういうものなのか、と言わしめるほどラシャは強かった。 数の差など些細な事だと思えてしまう。 あっという間に地に沈んでいった男達の姿にスーリャは呆気に取られながら見つめていたのだが、その様にふと思った。 もしかして彼女が自分と手合わせしていた時は、だいぶ手加減していたのではないか、と。 そして改めて思う。 自分は武術には向いてないのかもしれない、と。 肉体的にも、精神的にも。 スーリャは地に伏していく男達の姿を見て、同情を禁じ得なかった。 たとえ彼らが集団でか弱い少女を襲おうとしていたとしても――。 どこまでも非情にはなりきれない自分をスーリャは知っていた。 その甘さがこの世界では命取りになるかもしれないということも。 それでも自分はその甘さを捨てることはできない。 できる限り誰かを傷つけるようなことはしたくなかった。 「スーリャさま。もう出てきてよろしいですよ」 ラシャの声に呼ばれ、物思い沈んでいたスーリャはハッとなり、現場へと足を踏み入れた。 男達はすべて地に倒れ伏している。 的確に急所を狙ったのか、たまに微かな呻き声が聞こえるだけだった。 少女の方はと言えば、多少の怯えはあるもののそれでもそんな男達を睨み付けている。 「大丈夫?」 声をかければ、ハッとした様子でスーリャを見上げ、強張りを見せたそれでも気丈な笑みを浮かべる。 「ええ、とりあえずは。この方が間に入ってくれなければどうなっていたかわからないけど」 そう言いつつも少女は不自然に手を庇っていた。 それを見つけてスーリャは少女の傍らにより、彼女の手を取る。 少女はスーリャの行動に警戒を見せたものの彼の手を振り払おうとはしなかった。 スーリャは彼女の少し長めの袖をそっと上げ、手首を露わにさせる。 男達の誰かに強く引っ張られでもしたのだろう。 そこは鬱血して痣になっていた。 「女性に向かってなんて乱暴な……」 ラシャが眉をひそめ、唸るように言った。 「他に痛い所はない?」 「ええ、大丈夫よ」 予想以上にしっかりとした返事に、スーリャは安堵しかけたが、 「リウ・フルール」 何かが動く不穏な気配を感じて、とっさにそれに向かって呪を唱える。 ルー・ディナの力は返してしまったが、彼の神の加護は消えてない。 それはスーリャの意思に従い、元の世界では空想でしかない現象となってあらわれた。 見えない輪に拘束された男は芋虫のように転がり、地面へと逆戻りする。 「術士?」 少女が意外そうに顔をしてスーリャを見た。 「……あ、まあ、そうなるかな」 スーリャは曖昧に笑い、誤魔化した。 呪を使える人間がけして多くないことはスーリャとて知っている。 ただ、彼の場合、正確な分類をするなら術士とは違う、と思う。 「申し訳ございません、スーリャさま。お怪我はございませんか?」 ラシャは男を再度闇に沈めてから、他の男達と一緒にどこからか取り出した紐で纏め上げ、スーリャの傍に移動した。 「大丈夫だよ。それよりここから早く移動した方がいい」 とりあえず男達は気絶し拘束されているが、もしかしたら彼らの仲間がまだ現れるかもしれない。 これ以上の厄介事は彼とてごめんだった。 スーリャは少女の痣になっていない方の手を取り立ち上がらせ、 「えぇと、俺はスーリャ。こっちがラシャ。その怪我の手当てもしたいからさ。とりあえず一緒に来てくれる?」 少し困った顔をしながらそう訊ねた。 少女はスーリャの態度に笑みを見せ、 「私はヴィスよ。ここから離れる事には賛成だけど、これ以上お世話になるのも心苦しいわ。これぐらいの事、大丈夫よ」 気丈にも言い切った。 けれど、その言葉を鵜呑みにできるほど、彼女の怪我が軽いとは思えない。 折れてまではいなかったはずだが、少しでも動かすとやはり痛むのだろう。 その顔は少し青ざめ、時々顰められている。 「遠慮しないでいいから。俺がその怪我が気になるからそう言ってるだけだし。いわゆる親切の押し売り? 迷惑かもしれないけど怪我の手当てだけはさせて欲しい」 スーリャに下手に出られ、ヴィスも否とは言えなくなってしまった。 助けてもらったのは自分で、親切の申し出を断るのは逆に失礼である。 それに助けてもらったお礼もしたい。 「ありがとう。お言葉に甘えるわ」 申し訳なさそうな顔をしながらも、ヴィスはスーリャの申し出を受け入れたのだった。 そのやり取りをラシャは困ったような、仕方ないとでも言いたげな表情で見守り、無言で主の言葉に従ったのだった。 |
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