狭間の独白 <おまけ>



夜明け前、海の身体は世界に溶け込むように消えた。
その瞬間、ずいぶんと懐かしい気配が海の身体にまとわりつき、彼の存在が現し世から消えると共にその気配も消えた。魂は黄泉国へ、迎えに来た桂と共に赴いたのだろう。

明けた空に、烙は苦笑を向ける。

結局は海の言う通りだった。桂は新たな生を生きるわけでもなく黄泉国で海を待ち、その死を感じ取って迎えにきたのだ。
確かに彼女は情の深い女だった。それは死して幾年経とうとも変わらなかったらしい。

酒瓶とグラスを片付け、本を取り出す。
聖が起きてくる時間にはまだ少し早い。このまま彼の顔を見ずに去るのは惜しいと思った。
そうして時間をつぶすことしばし。
規則正しくいつもと同じように起きてきた聖の第一声が挨拶と海のことで、烙は苦笑する。あるがままを語り、ふと思ったことを口にしていた。

「殺しても死にそうにない奴だったんだが―― 呆気ないものだな」

あまりにも呆気なく穏やかな死に様で、拍子抜けしたくらいだ。
覗き込んできた聖の顔から、彼が烙を心配していることが伝わってくる。

いちおう海は親だが、その死に悲しみのような感情は浮かばない。そういう情は桂の死を知った時にも浮かばなかった。
自分の中にあるのは、ただ現し世にはもう存在しないという事実だけだ。
元来、薄情にできている。

聖の頭に手を伸ばし、そっとその髪を梳く。普段なら大人しくされるがままになっているはずのない彼は、それを受け入れた。その顔が少し不機嫌に歪められてはいても、烙の手を振り払いはしない。

お人好しで情に脆い聖。
己とは正反対の存在。

そんな彼だから愛しくて仕方ない。

「……そんな顔をすると、思わず襲いたくなるな」
低く囁けば、聖はその場から飛び退いた。
烙の手の届かない場所でこちらを警戒するように見ながらも、どことなく彼の様子を気にしている彼に、

「心配しなくていい」

烙は心の底から笑いかける。
聖を安心させたかった。だが、それに返ってきたのは今にも泣き出しそうな表情で――。
「別に心配なんてしてない」
プイッとそっぽを向いた聖は、そそくさとキッチンへ姿を消した。

予想外の反応に、烙は困惑する。あんな泣きそうな顔をされるような態度を取ったつもりは微塵もないはずなのだが―― もしや海に惚れたのか ?  いや、違うな。
昨夜の様子を振り返って、即座に否定する。
なら、あの表情は何を意味しているのか。考えても答えは出ない。だが、聖の答えを聞くのも怖い。

怖い、か。

こんな風に恐怖という感情を抱くようになったのも、聖に関わってからだ。
どうしたものか……。こうしてしばし、烙は悩むことになるのだった。





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「求婚」05話を海視点で……の続き。烙視点のおまけ話。
聖が混乱している時、烙もまた困惑してました(苦笑)
2012/05/27
修正 2013/12/29



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