嵐の訪問 <前編>



協会本部の前に立つ、青年と少年。どちらも銀髪に青色の瞳を持ち、二人は一見仲良く手を繋いでいた。

「聖。手を離してください」

少年が嫌そうな顔で抗議の声を上げるが、聖はその訴えを一蹴する。
「別に良いだろ ?  親子なんだから。それに離せばおまえ、逃げるじゃないか」
にっこりと笑みを向けられ、少年は少しだけたじろぐ。
逃げたい。けれど、聖が納得してくれないと、どうにもできない事情が彼にはあった。

「……私のことは放っておいてくれて結構です。今の状態だろうと、一人でなんとでも生きていけます」
「そりゃ生きてはいけるだろうけど。でもさ、俺が構いたいの。ってことで、行くぞ。くれぐれも中で勝手に力は使うなよ」
ぐいぐいと手を引っ張り建物内へと入っていく聖の後を、少年はしぶしぶとだが付いていく。
「……あなたが私に構うと、あの男の殺意が増すんですけどね」
ぼそりと彼に聞こえないように呟き、小さく息を吐き出す。

とりあえずまだ、その手の実力行使はされていない。
その歯止めになっているのもまた、男の伴侶である彼の存在なのだが――。

ウイの一族にしては風変わりな性質を持つこの青年は、とても世話焼きだった。そして、少年に対する男の暴挙を知った彼は、男を叱りつけ、それから少年の世話に明け暮れた。
男が長の継承を無理矢理したせいで、生まれたばかりで身体の成長すら安定していなかった少年は、力を抑制され、本来の十分の一も使えない状態で体調を完全に崩してしまったのだ。本来、長の継承は成長を終えた青年期に行うもので、これほど早い段階でして良いものではない。

「そろそろ、あの男も限界だと思うんですよね」

ぼそりとこれまた聞こえないように、少年は小さく呟く。
この三日、聖は男とまったく口をきいていない。
だからこそ、いっそう男の不機嫌が構われている少年に向かっているのだが―― 鈍い聖は気づいていない。 間に挟まれる身になってみろ、と少年はいちおう親になる二人のやりとりを呆れた気持ちで見ていた。

聖の" お願い "さえなければ、少年は体調が戻った段階で彼らの前から姿を消していた。けれど、あの男はいくら目障りに思っていようと、彼の望みだけは叶えるのだ。
少年が姿を消すことができないよう、ある一定範囲内で己の力を巡らし防いでしまった。それを破れるだけの力は、今の彼にない。

愛くるしい外見には似合わない深いため息をついた少年は、前を行く聖の背に向け声を掛ける。
「あの男と仲直りしたらどうですか ? 」
家に男を置き去りにし、ようやく動けるようになった少年だけを連れて、聖はこのビルを訪れていた。その理由を少年は聞いていない。けれど、なんとなくだが、それは自分のためのような気がしていた。

聖の肩がピクリと揺れたが、足を止めることなく無言で複雑な道を進んでいく。
「私のことならどうにでもなります。それよりもあなたが関わると、あの男の方が厄介極まりないんです」
それは少年の偽らざる本音だった。
だが、聖の足が止まることはなく、その手が離されることもない。
たまにすれ違う人々が珍しそうに彼らの様子を見ていたが、彼らがまとう雰囲気に気後れしたのか、話し掛けてくる者はいなかった。

「……別に、喧嘩なんてしてない」

ようやく返ってきた不貞腐れたような小さな答えに、少年が困った顔になる。
確かに喧嘩にはなっていない。聖が一方的に怒っているだけだ。
それでも、この現状は色々不味い。
少年にとっても――。
聖にとっても――。
別々の意味で非常に不味かった。

「とにかく。なんでも良いですから、あの男と話し合ってください」
「話し合うことなんてない」
足を止めないまま聖は少年を連れて、ひたすら奥へと進んでいく。
「では、話し合わないでも良いので、あの男の機嫌をなんとかしてください。巻き込まれるこちらは迷惑です」

少年が聖の手を引っ張り、足を止めた。その行動に聖の足がついに止まる。
少年の顔を見て―― 自分と同じ青色の瞳に呆れのような感情を宿していることに気づき、息を吐き出す。
「色味は俺の色を継いでるのに……その他は烙に似たんだな」
これが三日前に生まれたばかりの我が子だと思うと、なんとも複雑な気分に陥るのだけれど。
「あんな男と一緒にしないでください」
心底嫌そうに顔をしかめた少年に、聖はため息をつく。

「あんなって言うけどさ。あいつ、あれでもおまえの親だぞ」
どうも烙を毛嫌いしているらしく、あの男呼ばわりで少年は彼に近寄りもしない。けれど、聖からすれば、少年の性質は自分よりも伴侶の方に似ていた。今は弱っているが、本来は烙と並ぶほどの力もあるはずだ。
「あれでも、親ではありますね。わかっていますよ。でも、一緒にされるのは不愉快です」

これは同類嫌悪というものなのか。
男の方もまた、少年を無いモノのように扱っている節があった。

根本的に、反りが合わないのかもしれない。

そんなことを聖が考えていると、握った手を少年が引いた。
「私のことはどうでも良いですから。とにかく、あの男を無視するのも大概にしないと―― 閉じ込められて、あの男の気が済むまで泣かされることになりますよ」
「………」
聖が少年の顔を愕然と見下ろす。その顔色は赤くなったり青くなったりと忙しい。
別に無視はしていない、とか。顔は合わせている、とか。ただ口をきいていないだけだ、とか。色々反論はあるのだけれど――。

「どういう、意味…… ? 」

声はかすれ、その問いは呟きに近かった。
「あなた方がどのように仲良くしようと私には関係ありませんし、今はもう個として確立していますから意識も繋がっていません。心置きなく睦み合ってくださって結構ですから、ガス抜きはこまめに行ってください。あの男のあなたに対する独占欲は相当なものですから――」
少し表情の乏しい、それでも十分愛くるしい顔が聖をまっすぐに見上げていた。
だが、その口から淀み無く紡がれる言葉は、少年とは思えないほど達観した台詞の数々だった。

聖の顔色は青を通り越して、今や白い。
「別に興味本位で見ていたわけでは、ないですよ ?  ただ完全に生まれ落ちるまでは、間接的にですが親と感覚が繋がったような状態になるみたいで、繭の中でも意識はあったんです。まあ、聖はそれどころではなさそうで気づいていなかったでしょうが」
小さく首を傾げられ、聖はビクリと肩を震わせる。

「……烙は、気づいて ? 」
「当然、知っていましたよ。あの状態で空間だけ隔離させても、見せ掛けで意味がないことくらい」

そうだ。あの男が知らないわけがない。

聖の肩も腕も。その全身がワナワナと震え出す。
「色々、しっかりと話し合ってください」
少年の諭すような声に、彼は物騒な笑みを浮かべる。それは羞恥よりも、怒りが勝った瞬間だった。

「あとであいつはぶっ飛ばす !! 」

低く唸って、聖は再び歩き出す。
目的の部屋までは、あと少しだった。

聖に手を引かれた少年は、そのまま引きずられるようにして速足になった彼の後を付いていった。
あとで彼らの間に話し合いが成立するかはわからない。けれど、とりあえず聖が男と対峙することは決まったも同然なので、これ以上の関与は必要ないと少年はようやく肩の荷が下りた気分だった。

あとは男の方がなんとでもするはずだ。まったく世話が焼ける。

そんなことを少年が頭の隅で考えていると、目的の場所に着いたらしく聖の足がある部屋の扉の前でようやく止まった。
彼が扉を二回軽く叩くと、少しして扉が開き、女の人が顔を覗かせる。

「ミサ。突然で悪いんだけど、今、良い ? 」
「ええ。大丈夫です。入口から話はきています」

聖に手を引かれた少年の姿を目にしたミサは、ほんの少しだけ驚きに目を見開いたが、すぐに笑顔に戻り、彼らを室内に招き入れる。
室内の奥に置かれた執務机では、狐耳とフサフサの尻尾を持った和服姿の女の人が作業をしていた。

「先日は世話になったの」
顔を上げた楓は、聖が連れていた少年の存在に気づいて固まる。
「それは別に良いけど、ちょっと楓にお願いがあるんだ」
少年をマジマジと見つめて固まっている楓に、聖が苦笑する。
楓は烙に会ったことがある。だから、これほど彼に似ている存在がいれば驚いて当然だろう。
聖はそう思っていたのだが――。

「……あの男、隠し子でも作っておったのか ? 」
机の上に持っていたペンを放り出し、どこからともなく扇を取り出した楓は眉をひそめて低く問い掛けた。
「隠し子 ?  なんで ? 」
聖はキョトンとして、彼女を見る。
ため息をついた少年が繋いだ手をくいっと引っ張り、彼の注意を引いた。

「一般的な種族は、男女のつがいでないと子供ができないんです」

少年に指摘され、聖は楓が妙な誤解をしていることに気づく。
「違う違う。俺の子」
慌ててブンブンと首を振って否定するが、彼女は疑わしげな視線を向けてくる。
「あの男にそっくりではないか」
「いや、だから。俺とあいつの間にできた子供」

「……悪い冗談か」
「マジで……」

しばし睨み合うように二人は見つめ合い、同時に息を吐き出した。
その様子を気にしつつもミサはお茶の用意をし、応接用に置かれたソファセットのテーブルの上に置く。
「込み入ったお話のようですから、私は奥へ下がりますね。何か御用がありましたら、お呼びください」
そう声を掛けると、入口とは別の扉の奥へと姿を消した。

のそのそと移動し、ソファにドカッと座った楓は、入れられたお茶をいっきに喉に流し込み、深く息を吐き出す。
「……そなた達も座れ」
手酌で新たなお茶を器に注ぎ、それをユラユラと手持無沙汰に揺らした。
少年をうながし彼女の前に並んで座った聖は、茶菓子に手を伸ばし、それを少年に手渡す。

「これが煎餅な。こうして開けて、中身はそのまま食べられる」
おぼつかない少年の世話を焼くその姿に、ようやく彼の言葉を実感する。
楓は複雑な思いに駆られながら、彼らを見物していた。この思いを分かち合ってくれそうな己の伴侶は、外出していて側には居ない。

「……そなたの一族は謎だらけだ」
いささか疲れたように告げられ、聖が苦笑する。
「確かに変かもな」
普段は気にもしていないが、ウイの一族は他の種族とは色々違い過ぎている。それでも、この世界で生きる種族の一つであることに変わりない。

「数日前に会った時には、そんな話は聞いておらなんだが――」
「そりゃ生まれたのは三日前だから」
さらりと告げられた奇妙な日数に、楓は目を丸くする。
三日前というには、ずいぶんと成長していた。外見年齢は、人の七、八歳くらいに見える。成長が早い種族だとしても、己の常識からすると早過ぎた。

色々な可能性を考えた上で、楓は一番可能性がありそうな答えを口にする。
「……卵生か ? 」
「いや、違う。胎生でもないし、なんだろうな ?  あえて言うなら世界生 ? 」
秘密でもなんでもないので、聖は正直に答えた。今まで考えたこともなかったが、たぶんそれで間違っていない。
だが、彼の思いとは裏腹に楓は眉間に皺を寄せ、難しい顔をして沈黙した。

彼女の持った扇が落ち着きなく開閉される音と、少年が煎餅を咀嚼する音だけが室内に響く。

長い沈黙の後、楓の口から深く長い息が吐き出された。扇がパタンと音を立てて閉じられる。
「わかった。常識に当てはめる方が間違っておったわ」
「その言い方だと、一族そのものが非常識みたいじゃないか」
少しムッとして聖は言い返したが、
「そなたの一族は謎な部分が多過ぎる」
しみじみとぼやかれ、返す言葉もなく湯飲みに手を伸ばした。





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2012/05/08
修正 2013/12/29



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