求婚 < 蛇足 1 > |
烙によって姫抱っこをされて家まで連れ帰られた聖は、烙のベッドにやんわりと下ろされた。そのまま覆いかぶさってきた烙の身体を、彼は反射的に押し返す。 「ちょっと、待って ! 」 静止の声に、彼の本気が混ざっていることに気づいた烙が動きを止める。 「嫌か ? 」 直前の聖の様子からも、彼が本気で嫌がっていたとは思えない。彼の身体だって、少し反応していることに烙は気づいていた。だから、問う声も自然と訝しげなものになる。 聖は言葉に詰まり、結局、嘘がつけなかった。 「……嫌じゃない」 嫌じゃないけれど――。 「ちょっと待てって。俺の問いに答えろ」 上半身を起こし、聖が着ている服のボタンに手を掛けて外そうとした烙の手を叩き落とす。 面白くなさそうにベッドの端に腰掛けた烙が、視線だけで続きをうながす。 「あんた、たまに妙なこと知ってるけどさ。子供ができない方法って……その…………」 困惑した表情で言い淀んだ聖の頭に手を伸ばし、烙は安心させるように撫でる。 「不本意だが、海に感謝するしかないな。あいつの酔狂な実験の産物だ」 「は ? 」 なぜこの場面で海の名前が出るのかわからず、聖がキョトンとする。 「伴侶を持った一族は、どうやら似たような考えに陥るらしい」 やはり要領を得ない烙の言葉に、聖は首を傾げる。 「一族同士で "つがい" になることなど、そうあることではないからな。大抵、伴侶は別種族だ。そうなると伴侶と過ごせる時間は、格段に少なくなる。相手が短命種なら、それこそ瞬きの間にその命は消えるだろう」 烙の言葉が意味する所は、聖にも理解できる。 一緒に過ごせる時間の問題ではないだろうが、それでもできる限り永く、現し世で一緒に生きたいと願うのは誰でも同じはずだ。けれど、それとこれとどんな繋がりがあるというのか。 「他種族は子供を庇護して育てるという概念がある。だから、子供が生まれれば、大なり小なりその子供に伴侶の時間が割かれてしまうことは避けられない。これは理屈ではないらしいな。だが、ただでさえ少ない伴侶と過ごす時間が削られることを、我ら一族の者が許し難いと考えるのもまた理屈ではない。だからと言って、できた子供を始末すれば伴侶に愛想を尽かされる、ということらしい。俺は海に殺されかけたが――」 最後の一言に、聖は目を見開き。 「俺が反撃するよりも早く、あいつは桂に張り倒されていた」 付け足された言葉に、口があんぐりと開く。 「確実、ではない。その証明が俺の存在だ」 「………」 子供のできない方法がある云々よりも、もっと衝撃的な事実を聞かされ、聖は困惑する。 聖が海と会ったのは、彼が黄泉国へと旅立ったあの日だけだ。けれど、彼らはしっかりと親子に見えた。うらやましいかもと思えるくらいには、十二分に――。 「少しは疑問が解消したか ? それとも具体的な方法を聞きたいか ? 」 意味ありげに人の悪い笑みを浮かべた烙に、聖は思い切り首を振る。この笑みを浮かべた時の話は、ろくなものでないとすでに学習済みだ。 それよりも。 「あんたもやっぱり、要らないと思う ? 」 俯き、顔が見えない状態で頼りなげに小さく訊いた聖に、烙は己の予想が間違っていなかったことを悟る。 「根本的には俺も他と変わらん。だが、おまえは違うのだろう ? 」 少し困ったような声音に、聖がのろのろと顔を上げて烙を見た。 「叶うならば、おまえが望むことをできるだけ叶えてやりたい。だから、その辺りは多少、譲歩しよう」 困ったような顔で微苦笑する烙に、聖も困ったような顔になる。 「今すぐはまだ覚悟が決まってないけど……うん。やっぱりいつかは欲しいかも」 そう考える自分が、ウイの一族としては少しおかしいのだと聖は自覚している。けれど、烙はそんな聖をそのまま受け入れてくれている。だから、このままでもいいのだと思える。 「今すぐは俺も無理だ。うっかりできたら殺しかねない。あいつと同じことをするのは、うっかりだろうと不愉快極まりないからな」 危険極まりない物騒な台詞を呟く烙を、聖は半眼で見る。 冗談で済めばいいが、この男なら本気でやりかねない所が恐ろしい。 「本気でそんなことしたら、俺、あんたを軽蔑するぞ」 まだできてもいない子供の心配をするとは妙な話だが、早めに釘は刺すべきなのだ。そして、こういうことは口に出して伝えなければ絶対に伝わらない。 「……善処はする」 それでも明言を避けた烙に、聖はため息をついた。 了承しないということは、絶対に守れる保証はないのだろう。烙が聖に嘘をついたことはないので、その辺は信用する。 話に片が付いたと思ったのか。 烙の手が再び不埒に動き出し、聖のシャツのボタンを器用に素早く外していく。 油断していた聖はシャツのボタンをすべて外され前を開けられた所で、その手を掴んで止めさせた。 「話はまだ終わってない」 不満そうな烙の顔を睨み、聖は彼の要求を一蹴する。 「あんた、もう怒ってないよな。ってことは、もう森を殺そうとも思ってないな ? 」 これを確かめなければ、うかうかと烙を野放しにできない。 「あの小娘のことか。大丈夫だ。おまえを十分堪能して寝かしつけた後に始末してくる」 何が大丈夫なのか。 しっかり忘れていなかったらしい烙の執念に、ここは呆れるべきなのか。 聖は顔を引きつらせ、 「俺の言いたいこと、全然理解してないじゃないか」 ポロリと愚痴ともとれる言葉が零れ落ちていた。 「何がだ ? 」 「何が、じゃない」 深々とため息をつき、どうすれば烙が思い止まるのだろうと途方に暮れる。 「伴侶を守るのは当然のことだ」 「……あんたの場合、その基準が無茶苦茶なんだよ」 聖だって烙が傷つく所は見たくない。その気持ちはわかる。 相手が殺そうと刃を振り、それが相手に返って命を奪おうが自業自得でしかない。けれど、それが単なる事故でしかないなら、怪我をしてもすぐに治るという種族特性もあるし、たぶん許せる。 その相手を殺そうとは思わない。ましてやあんな年端も行かない子供を、だ。 「前から言ってるけどさ。あんたは常識を学べ。とりあえず人間社会で暮らしてるんだから、ここの常識から学ぶべきだ」 「おまえの中では、俺はそれほどに非常識か」 何を思ったのか、烙がクツクツとおかしそうに笑い出す。それを半眼で見た聖は、不機嫌そのものだ。 「何がおかしい ? 」 ブスッと呟き、開けられたままのシャツを合わせてボタンを止め直しにかかる。 「いいや。人間社会の常識は知っているつもりだが、これは我ら一族の性分だ。何物をもってしても覆すことはできない」 聖の手を取り、そのまま烙は彼の指先に口付けを落とし、その指をペロリと舐める。いったんは静まったはずの、聖の中の官能を呼び覚ますような動作に頬をほんのり赤く染める。けれど、ここでこのまま流されるわけにはいかない。 己の手を取り戻し、聖は膝の上で握り締める。 「俺の、お願いでも ? 」 余り使いたくない言葉だったが、無実の命が一つ掛かっているのだから、それよりは些末事である聖の気持ちは置いておく。多少上目使いになっていたのは、偶然の産物だ。 烙が目を眇め、獰猛な肉食獣の笑みをその顔に浮かべる。 「……それほどにあの小娘の命を救いたいか ? 」 含みある言葉に、聖が眉をつり上げる。 「俺はあんただから真名を預けたんだ。それだけじゃ足りないか ? 」 「足りなくはない。ただ――」 そこで言葉を切った烙は、至極不愉快だとでも言いたげに鼻を鳴らす。 「故意でないとしてもおまえを傷つけた上に、あの小娘がおまえに抱く感情が気に食わないだけだ」 そんな小娘を庇う聖の態度も気に食わない、と。 烙の子供のような言い草に、聖は呆れていいのか笑っていいのか迷った。 「……あんた、妬いてたのか」 本当に馬鹿だなぁ、そんなこと気にする必要なんて微塵もないのに。 誰からどのような感情を向けられようと関係ない。 聖の心を捕えて離さないのは烙だけだ。 そっぽを向いてしまった烙の、シーツの上で所在なさげに置かれた手に、聖は己の手を重ね合わせる。 「ば〜か」 その口から零れるのは、可愛げのない憎まれ口でしかない。それでもその表情は愛しさに満ちた、満面の笑顔だった。 それを目にした烙も、つられたように口の端にほんのりと笑みを浮かべる。 「まあいい。聖のお願いと、怯えながらも刃向おうとしたあの小娘の根性に免じて、今回は見逃してやる。だが、次はない。そう伝えておけ」 どうやらようやく完全に機嫌を直したらしい烙に、聖は安堵の息を吐き出したのだが――。 「さて、後はもうないな。では、おまえを存分に堪能するとするか。覚悟しておけ、聖凜」 押し倒され、そのまま唇が重なり合う。 彼の舌を受け入れるように、聖は自ら口をほんの少し開いた。 こうして触れてしまえば、聖とて飢えを思い出す。 欲していたのは、何も烙だけではない。 「獅烙、覚悟するのはあんただ」 ほんの少し離れた唇の隙間で聖は囁き、烙が一瞬のまれるほど艶めかしく笑ったのだった。 |
************************************************************* 2012/04/29
修正 2013/12/29 |