愛し君に、願う心、唯一つ
+ スーリャ +



俺は今、キリアを探すために王宮内を一人で歩いていた。
シリスは急な仕事が入ったと連れ戻しに来たリマに、あっさりと引き渡した後だ。

仕事は仕事。
国の頂点に立つ以上、それに付随する義務は果たす必要がある。だから、最近忙しくて二人でいられる時間が減って少し淋しいと思っても、そんな素振りはシリスの前では表に出さない。
俺がそう思っていると知ったら、彼は仕事すら放り出しそうだから。

『おまえ以外いらない』

その言葉を聞けただけで十分だから。
彼に愛されているとわかっているから、これ以上はもう十分だった。
この国にはシリスが必要だ。
余所者の俺が、この国から彼を取り上げるようなことをしてはいけない。そんなことになれば、俺の存在そのものが禍になってしまうだろう。
禍を消すために現れた者が、禍になる。
考えただけでも、なんとも滑稽な話だった。

探し回らずにキリアを部屋で待つことも考えた。けれど、さっきのアレを見られていたのなら、彼はしばらく来ないような気がしたのだ。
それでは時間がもったいない。
シリスが来る前まで、今日は街の見物に出掛けようと考えていたのだ。今からでもまだ遅くはないし、十分に出掛けられる時間だ。
ただし、それもキリアが見つかればの話だった。
キリアと一緒ならいいと約束したということもあるが、広い街の中、大通りならともかく、そこから外れてしまえばその先は道が入り組み、土地勘のない俺にとっては迷路と変わらない。それがわかっていて一人で行けるほど、俺も無鉄砲じゃなかった。
迷子になった前科があるだけに……。

なので、しかたなく俺はキリアを探し歩いていた。
できることなら、今は彼に会いたくない。
穴に埋まってしまい。
でも、そんなことできるわけもなくて――。
アレを仕掛けたシリスも、そして拒めなかった俺自身もひどく恨めしい。
キリアが時間潰しに訪れそうな場所を回ったけれど、その姿はなかなか見つからない。そのことに矛盾しているなぁと思いつつ、ホッとしていた。
やっぱり気まずく思うのは、どうしようもない。
探し回り、王宮内にはいないかもしれないと考え始めた矢先、俺はその姿を見つけた。ただ、彼は一人じゃなくて――。

「なんか俺、お邪魔かも……」

だいぶ距離のあるこの位置からでも、二人の間に流れている甘い空気が伝わってきそうな雰囲気だった。
別に見るからにいちゃついているわけではない。
それでもよほど鈍くない限り、あれはわかる。
キリアと一緒にいる男は、絶対に彼の恋人だ。

馬に蹴られるのはごめんだ。
邪魔する気はまったくなかったので、俺は当然の如く踵を返した。部屋に戻ろうと歩いているうちに、自然と顔が綻ぶのがわかる。胸の内から沸いてくる思いがその笑みをいっそう深くした。

この機会を逃す手はない。
日々シリスとの事で、キリアにはからかわれっぱなしなのだ。からかい返したって罰は当たらないだろう。
どうせ部屋で待っていれば、いずれはやってくるはずだ。
その時にからかってやる。
俄然やる気になり、一人でニヤニヤと笑いながら俺は廊下を歩いていた。
すれ違う他人からすれば、さぞ不審人物に見えただろうと思う。けれど、沸き上がる笑みを押えることはできそうになかった。

そんなこんなでその時の俺はすっかり先程の事など忘れ去っていた。
自分もまた、先にからかいの種を提供していたということを――。



部屋に戻り、時間潰しに持ち込んだ本を読むことしばし。
扉をノックする音が聞こえた。たぶん、この叩き方はキリアだ。けれど、いつものように勝手に開けて入ってこない。
ラシャはナイーシャさんに呼ばれて出掛けている。
わざわざ扉を開けに部屋を横断するのも億劫で、俺は廊下まで聞こえる声音で呼んだ。すると、細めに扉が開き、そこから予想通りの人物がひょっこりと顔をのぞかせる。

室内をうかがい、どことなくホッとした顔をした後、彼はニヤリと人の悪い笑みを浮かべて入ってきた。
そして――。
「まだ陛下がいたらどうしようかと思った」
向かいの椅子にドカッと座るなり、開口一番にそう言い。
「俺もまさか陛下がいるとは思っていなかったからさ。いつもの調子で扉開けたんだけど……いや〜、驚いた。邪魔して悪かったな」
俺の頭の中は、一瞬にして真っ白になった。
すっかり忘れていた。そう言えばさっき――。

キリアをからかってやろうと思っていたことなど、その瞬間、どこかに吹っ飛んでしまった。
どうしよう……。
頭の中では答えのない問いがグルグルと同じ場所を巡っていた。
キリアは一人あたふたしている俺の様子に笑みを深め、更に言葉を続ける。
「普段の王さま然とした陛下からは想像できない甘さだよな。アレ、俺がいたのわかった上で続けたんだろ。もしかして俺、牽制されたか? 陛下って意外に嫉妬深い? 愛されてるな、スーリャ」
キリアが浮かべているのは、目を疑いたくなるほど爽やかな笑みだ。先程の人の悪い笑みは微塵も見当たらず、完全になりをひそめている。
けれど、その表情とは裏腹に、その言葉は羞恥心をひどく煽るもので――。
それなのに、そこからはまったく悪意が感じられない。
あるのは、純粋なからかいの思いだけ。だからこそ、余計に性質が悪い。

愛されている。
その言葉に否定はない。だけど、改めて他人に指摘されるとかなり恥ずかしい。
シリスは俺を選んでくれたし、俺は彼を選んだ。
互いに唯一の者のとして。
たった一人の大切な―― 何モノにも代え難い存在として。

血の気の昇りすぎた頭に、逆に冷静になろうとする意識が戻り、ふと今まで吹っ飛んでいた事柄を思い出す。
顔色は真っ赤だろうけど、今は考えないことにして俺はキリアに言った。
「―― さっき俺、見たんだ」
なんの脈絡もないように思える言葉に、キリアがキョトンとして不思議そうに首を傾げる。
「何を?」
次の言葉でどんな反応を示すか。
俺は期待に胸を膨らませながら、続きを口にする。
「人気のない庭で一緒にいた人って、キリアの恋人だろ? 探しに行って、見たんだ。馬に蹴られるのも嫌だから声もかけなかったけどさ」
俺が言ったのはそれだけだ。
多少は動揺するかな程度の、そんなほんのささやかな意趣返しだったはず、なのだけれど。
キリアの反応は俺の予想を遥かに越えるものだった。
一瞬呆けたと思ったら、次の瞬間には茹蛸のように真っ赤になり、彼は声もなく口をパクパクとさせながら俺を見たと思ったら、頭を抱えて消え入りたいとでも言うように縮こまってしまったのだ。

これほど取り乱すキリアを、俺は初めて見た。
その様子にからかう気持ちすら萎んでしまい、後に残ったのは呆気に取られた思いだけだった。
いつまでも顔を上げようとしない彼に、俺は途方に暮れる。どうしようと考えていると、唐突にキリアが顔を上げた。そして、赤い顔のままビシッと俺に向かって指差す。
「忘れろ!」
その瞳がすわっていて、俺は気圧されてように頷きかけ、はたと我に返った。
「そこまで言わなくても……」
過剰反応しているキリアに、俺は苦笑した。
「いいや、忘れてくれ。恥だ」
忘れろ、恥だ、と繰り返し、頑として主張を変えないキリアに、結局、俺が折れた。
「わかった。努力する。口にも出さない。それでいい?」
「ああ」
重々しく頷くキリアに、俺は嘆息する。
「別にあからさまにいちゃついていたわけでもないのに―― 大袈裟」
俺のその言葉に、キリアがほんの少しだけ表情を変えたような……?
さっきよりもホッとしているように見えるのは気のせい?



俺があの場を訪れるほんの少し前。
キリアとセインは遠目でもあからさまにいちゃついていた。
それを見られたと思ったから過剰反応してキリアが慌てていた、なんて俺が知るわけもなく。


唯一つ。
願う。
この心の限り。

唯一と。
愛し。
君に届くことを。


それぞれの胸に想いは募り続ける――。



<完>


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これにて完結です。なぜか話数が進むに連れて話が長くなってます。不思議。
キリア編が『愛し君に』、シリス編が『願う心』。そして、締めのスーリャ編が『唯一つ』。これがそれぞれのテーマでして、繋げて一つの話、一つの題です。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
2007/07/21
修正 2012/02/01



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