愛し君に、願う心、唯一つ
+ キリア + |
「キ、キリアッ。あ、あれは――」 思考停止した己の伴侶を人気のない場所まで引っ張って移動し、俺は深々とため息をついた。 「そこまで動揺することか?」 セインは顔を赤くして、言葉もなく口をパクパクと動かしている。とてもじきに三十路に入る男の反応ではない初心さだ。 「そうは言うが。あれは陛下、だろ?」 戸惑いも露わに訊くセインに、俺は呆れたように聞き返す。 「この宮に黒髪の人間がどれだけいるって? しかも、その黒髪をあれだけ伸ばした男なんて、他にいると思うか?」 ウッと言葉に詰まった彼に、俺は再度ため息をつく。 「セインだってスーリャの警護に間接的に関わってるんだから、多少はわかってただろうが。今更、そんなに驚いてどうする」 「まあ、あやしいとは――。だが、まさか」 それでも信じられない様子で否定するセインに、俺は決め付けるように言い切った。 「自分の目で見たものは信じろよ。スーリャは陛下の恋人だ」 「だが、彼は――」 言い淀んだセインに、彼の言いたいことを悟って俺は頭をかく。 「しょうがないだろ? 惹かれる心は止めようがない。恋の前にはすべてが無意味だ」 「……まあな」 実感の篭った返事に俺は笑う。 今、二人の胸に共に浮ぶのは、昔とはまだ呼べない過去。 あの時、俺は血の繋がりすらどうだって良いと本気で思った。それほどに目の前の男に惹かれ、身を焦がし―― 今もまだ、この恋に溺れている。 「お兄ちゃん」 まだ幼い頃、セインのことをそう呼んでいた。時が経つにつれ、兄と呼ぶことがどうしても嫌で、名前で呼ぶようになったけれど。 あの時からもう、彼に恋していたのだろう。 ただそれに気づいたのは、ずいぶんと後になってからだった……。 驚きに見開かれた目に、俺は笑みを深くする。セインの顔が歪み、俺の身体を抱き寄せた。 「俺はおまえの兄じゃない。伴侶だ」 それは、とても苦い声だった。 「わかってるよ。セインは俺の最愛の人だ」 俺もまた、彼の背に手を回して抱き締める。 兄妹として、俺達は育った。 それは変わらない事実。 けれど、セインとは血が繋がっていなかった。 それが真実。 ただ、当時の俺はそんなこと知るはずもなく、セインは俺にとって確かに兄だった。だけど、募る想いの前にそれは歯止めにはならなかった。 諦めようと思って、諦めきれずに―― 今思えば、一人ずいぶんと空回りしていたのだ。 同じようにセインもまた、俺とは別の苦悩を抱え、たぶん空回りしていた。 でも、二人して思い悩んでいたあの頃があったから、今の俺達がいる。 「「愛してる」」 重なった想いに、顔を見合わせ笑う。 スーリャと陛下に当てられて、調子が狂っているらしい。 普段の俺なら、いくら人気が無いとはいえ、いつ他人が来るかもわからない場所でこんな風に抱きつくことも、それを許すこともできないし、素直にセインに愛の言葉なんて言わない。というか、言えない。 俺のそういう所をセインは重々わかっているから、ついつい甘えてしまう。 時に言葉がとても大切だと知っているけれど―― 俺の性格ではやっぱり無理。 でもまあ、たまにはこういうのもいいかもしれないな。 |
************************************************************* キリアと旦那・セインのちょっとした設定バラシ、ですかね? この二人の話も書けたらいいなぁ〜と思いつつ、設定段階で思い切りこんがらがり頓挫しました。それをせっかくのこの場でちょびっとだけ使用。次はシリス〜。 2007/07/14
修正 2012/01/31 |