「かかさま、おきて」
幼い声と小さく揺すられる振動に、目覚めをうながされ、
「かかさま、おきて。ととさま、きちゃう」
ゆっくりと目を開ければ、そこにはにこにこと笑う幼子の顔があった。

「リィ。俺、寝てた?」
「ねてた」
簡潔な答えに、額に手を当て眠る前のことを考える。
確か、そう。
遊びつかれて眠ってしまったリィを見ていて―― どうやらつられるように一緒に眠ってしまったらしい。導き出した答えに母親が内心苦笑していると、
「かかさま、かえらなくていいの? ととさま、きちゃうよ?」
キョトンとした表情で小首を傾げ、リィが訊いた。その言葉に母親はハッとする。
「え? あれ? もうそんな時間? っていうか、ルゥはどこ?」
空を見上げると、記憶ではまだ高かったはずの日が完全に傾いている。そして、幼子が一人しかいないことに今更だが気づいて慌て出した。

「ルゥはととさま、むかえにいったの」
そんな母親を不思議そうに見ながらリィが双子の片割れの行方を教え、母親が首を傾げる。告げておいた帰りの時刻はとうに過ぎていたので、いつ迎えが来てもおかしくない。けれど――。
「迎えに行ったって……?」
まさかという思いと、もしやという思いを抱えながら訊ねる。
「だいじょうぶ。ととさま、そこまできてる」
笑顔で答えたリィに害意はまったくない。けれど、それは母親にとって最大の爆弾だった。
「来てるって……うそ。まずい、非常にまずい」
双子には父親の力がかなり受け継がれたらしく、見なくても近くにくれば両親の存在がわかるらしい。だから、それは事実なのだ。
そう結論を出し、母親は本気で慌て出したのだが……。

と、そこに――。
「何がまずいんだが。まったく、子供達よりもおまえの方がよほど心配だ」
「げっ!」
唐突に聞こえてきた声に、母親は後ろを振り返り、思わず叫び声を上げた。
そこには自分の伴侶と双子の片割れの姿がある。子供がしっかり父親と一緒にいたことには安堵したが、それとこれとは別の話。
「時間になっても帰ってこない。たぶんいつもと同じ理由だとは思ったが、心配して急いで仕事を片付けて迎えに来てみればこの扱い。つれない母様だと思わないか?」
父親は腕に抱き上げたルゥに答えを求めたが、答えはなく小首を傾げただけだった。
「ととさま、おしごとおわった? あそべる?」
リィが父親の元に駆け寄り、その服の裾を引っ張る。
「ああ。終わった、終わった。リィともルゥとも遊べるぞ」
そう言って彼はリィの頭を撫でる。
「ととさまもいっしょ」
リィは満面の笑みを浮かべて、素直に喜んだ。

自分への小言はとりあえずおあずけになったらしい。
そのことに安堵しつつ母親は父と子の様子を微笑ましく思いながら見ていたのだが、一度は引いたはずの眠気が戻ってきて小さく欠伸する。
その間も父と子の会話は続いていた。
「だが、まずは帰ろう。みんな、おまえ達の帰りが遅いからやきもきしている」
「「やきもき?」」
双子が声を揃えて言い、小首を傾げる。
「そうさ。おまえ達を待っているんだ。それはもう、首が長〜くなるぐらいにな」
おかしそうに笑う父親の言葉に、双子は不思議そうな顔をした。
「おくびがながくなるの? たいへん?」
リィの言葉に父親が更に笑う。
「―― 実際に首が長くなったら大変だな。ま、それくらい待っているってことだ」

「たいへん。たいへん」
何がおかしかったのか。
きゃっきゃっと笑い声を立てて喜ぶリィの頭を撫で、父親は母親の方を見て呆れ顔になった。
「母様はまだおねむのようだ。ルゥ、母様を運びたいから下りてくれるか?」
コクンと頷いたルゥをゆっくりと下ろし、その頭を撫でる。そして、穏やかな顔で眠る伴侶を見つめた。
「本当に子供達よりもおまえの方がよほど心配だ」
先程と同じ言葉を繰り返してから、その身体をそっと抱き上げる。眠りが深いのか、そうしても目覚める気配はない。
その様子に苦笑し、そっと掠めるように額に口付けを落とした。

「リィ。ルゥ。帰るか」
二人だけでまた遊び始めていた元気な子供達に、父親が声を掛ける。
「はーい」
リィが返事をして、ルゥが頷く。そして、双子は父親を挟むようにして並んだ。
「ととさま。かかさま、ぐっすり?」
リィが父親の服の裾をつかみ、問い掛ける。
「ああ。困った母様だ」
言葉ほど困った様子もなく、彼はリィに笑いかけ、
「ははさま、おつかれ」
リィとは反対側の服の裾をつかむ、ルゥの言葉に頷く。
「そうだな。母様はお疲れみたいだ。もう少しだけ寝かせてやろうな」
父親の言葉に双子が同時に頷いた。その様子に彼の笑みが深くなる。

双子だというのに、リィとルゥは外見も性格も言動も一見あまり似ていないように見える。だが、ふとした瞬間、そっくりなことを仕出かすのだ。それは仕草だったり、行動だったり様々だ。
己の伴侶が小さく腕の中で身動きするのを感じ、彼は子供達から腕の中の己の伴侶に視線を移して微笑む。
「今はまだ寝ていろ。起きた後はまた、大変だからな」
起こさないように小さく呟き、再度、そっとその額に口付ける。
眠り姫の眠りを覚まさぬように、そっと――。

その姿を目撃した双子は、父親を挟み、
「「らぶらぶ」」
お互いの顔を見合わせた。
その小さな声は父親にも聞こえたが、彼はため息をついて沈黙しただけだった。
子供達にそんな言葉を教えるような人物の心当たりは今の所一人だけ。双子を可愛がってくれるのは良いが、少々余分な言葉も教えるのが困りもの。
言いたいことは山と浮んだが、それを本人に言えば倍返しで返ってくるのも想像できる。教育上どうにも悪い言葉でもない限り、平穏を保ちたければ聞き流し、余計なことは言わないに限るのだ。
そもそも彼女がそういう言葉を子供達に教えることはたぶんない。
それが長い付き合いの中でたどり着いた結論だった。

こうして双子と両親は自分達の家への帰路につく。



スーリャはパチリと目を開け、そこが見慣れた自分の部屋であることに気づき、安堵の息を吐き出した。どうやら長椅子で本を読んでいるうちに眠ってしまったらしい。
「どうかしたのか?」
いつの間に来ていたのか。
対面の長椅子にはシリスが腰掛け、彼を見つめていた。
「……別に。ただ思い出せないんだけど、なんか良い夢を見たような気がするんだ。どんな夢だったんだろ」
ゆっくりと身体を起こし、背凭れに身を預けながらぼんやりと呟くスーリャにシリスが笑った。
「夢見が良いのは良いことだ。幸せな夢だったんだろ?」
「たぶん」
「なら、その幸せな気持ちを大切にすれば良い」

シリスの言葉と笑顔に、スーリャもつられるように笑みを浮かべる。
「そうだよね。考えたってわからないし。夢って元々、曖昧なものだし。―― ってそういうシリスもなんか良いことあった?」
彼と今日は初めて会うが、どことなくいつもより浮かれているような気がしたのだ。
「俺も夢見がよかったからな。まあ蒼夜と同じく内容はまったく覚えていないが」
そう言って立ち上がり、テーブルを回って、まだ寝起きでぼんやりしているらしいスーリャの額に口付ける。
「眠り姫も起きる時間だ。俺もまた仕事に戻るか」
そう呟き、唇にも軽く口付け、シリスはスーリャに背を向け行ってしまった。その背中をぼんやりと見送った後、まだ働かない頭で彼の呟きを繰り返す。
何か引っかかる気がするのに、それが何かわからない。
「なんだかな……」
はっきりとしないのに、それでも胸を温める幸せな気持ちは確かにある。それを不思議には思っても否定する気はまったくなれなくて、スーリャは微笑んだ。
その微笑みは見る者を幸せにするような、そんな笑みだった。



夢は夢。今はまだ、夢のまま曖昧なままに……。
それは、未定の未来と同じ。

「かかさま、ととさま。またね」
「かあさま、とうさま。きっとだよ」

幼子達の声はまだ幻。夢の中。





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夢おちと言いたいところですが、おちてないですよね?(苦笑)
ちなみに双子の名前はあだ名です。本名は「地の先導者」で。
2008/01/05
修正 2012/01/31



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