ナイーシャとスーリャのお勉強 |
力を使うには気の流れをとらえて働きかけ、そこから力を借りてそれを自分の中に止めて形にする、という手順が必要だった。 なかなか気の流れをとらえることのできないスーリャに、ナイーシャは先に形にするためにどうすれば良いかを教えることにした。 「そういうわけだから、言葉を覚えましょ」 何がそういうわけなのか。 スーリャは首を傾げる。 「言葉って、今、使ってるのじゃなく?」 「ええ。私達は古代語を媒介にしているの。そっちを先に覚えてしまった方が、あなたにはわかりやすいかもしれないから」 やさしそうな微笑を浮かべているナイーシャだが、この笑顔に騙されてはいけない。スーリャはここ数日で身を持ってそれを知っている。 「……ちなみにどのくらい覚える必要があるの?」 恐る恐る訊ねれば、 「そうね。基本的な文字は四十六字だから、それほどでもないわ。でも、覚えて欲しいのはその先。単語とその意味だから、いくつになるかしら? のみ込みは悪くないし、スーリャなら大丈夫よ」 根拠の薄い大丈夫の言葉が返ってきて、スーリャは先行きがとても不安になった。 現段階で、この地でスーリャは言葉に不自由していない。 自然と口から出る言葉と耳から聞こえてくる言葉が馴染みのない言語だろうと、その意味は理解できたのでこれでいいと思っていた。文字もなぜか読めるのだから、たぶん頭のどこかでここの言葉を完全に理解できているのだ。 けれど、ここにきて新たに言葉を覚える羽目になるとは――。 四十六字からなる単語とその意味って、途方もない数になると思うんだけど……気のせい? 意味のわからない単語の羅列を延々と繰り返し、その意味を当てはめていく作業。想像するだけで、げんなりする。 「あらあら。そんな顔しないの。文字のつづりや会話まで覚える必要はないわ。スーリャが覚えたいって言うなら教えるけど――」 嫌でしょう? そう言葉を続けたナイーシャに、スーリャは勢いよく頷いた。 「発音だけは覚えてもらうことになるけど、これは今の言葉と重複する部分がかなりあるし、それほど難しくないと思うの。古代語というと疎遠なものに思えるけど、あなたの周りでも意外に使われているのよ。スーリャの名前もそうでしょ?」 「……確か、空の・祝福」 名付けられた時に言われた意味を思い出し、スーリャは呟いた。 「そう。『スー』が『空』を、『リャ』が『祝福』を表すの」 よくできましたと言わんばかりに、ナイーシャが微笑んだ。 「こういう風に古代語の文章は、単語を組み合わせた単純な言葉の集まりで形作られている。あなたの名前も古代語だけど、シリスやリマの名前も古代語なのよ」 意外な言葉に、スーリャが目を見張った。 「『シリス』は『光』、『リマ』は『天水』という意味よ」 クスクスとナイーシャが笑いながら言葉を続ける。 「王族の二つ名はすべて古代語で、その人の本質を図った上で名付けられるの。両方とも恵みを示した言葉よ。でも、その名が本当に本質をとらえているのか、名付けた私にもいまだにわからないわ」 そういうナイーシャの気持ちがなんとなくわかり、スーリャは苦笑した。 「スー・リャ・ハール・メイ・イーリ・ルー・ディナ・シェ・イオ。あなたと初めて会った時に言ったこの言葉も古代語よ」 あの時のように右手の手首には不思議な紋様が浮かんでいた。 「『スー・リャ』はさっきも言ったように『空の・祝福』。『ハール』は『受ける、授ける』という意味。『メイ』は『地上、大地』を、『イーリ』は『降りる』を、『ルー』が『月』、『ディナ』が『女神』、『シェ』が『愛しい、愛情』を、そして、『イオ』が『子』を示す」 ナイーシャが紋様の部分を軽く撫でると、それはたちまち消えてしまった。 前の時は自然といつの間にか消えてしまったのだが、その不思議な現象にスーリャの眉間が寄った。 「これっていったい……?」 呟く声を耳にした、ナイーシャがその疑問に答える。 「これが証よ。あなたが月の女神に守られ、愛されている証」 端的な言葉はスーリャにはいまいちとらえ所のないものだった。 「さて。前置きはこれくらいにしましょうか。あなたに覚えて欲しいのは、もっと実用的な言葉よ。私の言葉を繰り返してね」 スーリャが問い掛ける前に、ナイーシャが語学勉強開始のゴングを鳴らしたため、それを問うことはできなかった。 |
************************************************************* 過去に書くだけ書いて、そのまま掲載しそこなった勉強風景です。 2012/01/30
|