ほの明るく夜に灯る光



「花見に行こう」
そう唐突にシリスが言い出し、スーリャは驚いた。
思わずその顔をマジマジと見つめ、
「……あんた、今がいつだかわかってるか?」
心底呆れた様子で言った。

ジーン王国では一年で今が一番寒い時期だった。とはいっても、昼間はそれほど寒さも厳しくない。ただ、夜になると急激に冷え込み出す。
寒さを凌ぐために夜だけ備え付けの暖炉に薪をくべ、火をおこして暖を取る。
昼と夜の寒暖差が一番激しいのも今の時期らしい。

そんな時期の、しかも夜に急に花見に行こうとは―― 酔狂としか言えない。
そもそもこんな時期に花が咲いているのか?
訝しげな視線を向けるスーリャに、シリスは苦笑した。
「今の時期の夜に数日だけ、いっせいに咲く花があるんだ。見る価値はある」
だから、一緒に見に行こう。
シリスはスーリャに防寒着を渡してから、自分も身にまとい、その手にふかふかの掛け布を持って彼を見る。
準備を整えてしまったシリスに仕方ないとため息をつき、スーリャは渡された防寒着を羽織る。
それを待って差し出されたシリスの手をスーリャが握り返し、二人は暖炉に火のおこされた暖かい部屋から、冷え込む室外へ出たのだった。

シリスはどんどんと王宮の廊下を進んでいく。
行き先を聞いても教えてくれず、スーリャは憮然と手を引かれながら歩を進めていた。
それでも、ある程度進めば教えられなくとも目的地はわかる。
それぐらいにはスーリャもこの王宮に馴染んでいた。
この先にあるのは、彼がお気に入りのあまり人気のないあの庭しかなかった。
でも、あんな何もない庭で花見?
スーリャは頭に特大の疑問符を浮かべる。けれど、それもその場に着くまでだった。



何か明るい。
月は雲に隠れ明かりもないはずなのに、その場所が遠目にもぼんやりと明るいことに気づき、スーリャは訝しげな顔になる。
近づくにつれ、庭が光っているのがわかった。庭の地面を青白い光が埋め尽くしている。色味のわりにやわらかい雰囲気の明かりに、スーリャは寒さも忘れて見入った。
よく見るとそれらはすべて花だった。

「夜光草の花だ。きれいだろう?」
花弁に手を伸ばし撫でるスーリャを引き寄せ、シリスは持ってきた掛け布で自分の身共々包み込む。
「光る花なんて始めて見た……」
ふるりと揺れたやわらかい光を見つめ、スーリャが小さく呟く。
「確かに珍しい花ではあるが―― 向こうにもなかったか?」
抱きしめる腕に少し力がこもったことにスーリャは苦笑して、そっとその腕に自分の手を重ねる。
「俺は見たことない。でも、もしかしたらあったのかもしれない。ヒカリゴケなんて物があるくらいだから」
「ヒカリゴケ?」
不思議そうに聞き返すシリスを、スーリャは身体を捻り見上げる。
「そう。その名の通り、光るコケ」
「……そのままだな」
「だろ? でも、夜光草だってそのままだ。夜に光る、だなんて」
腕の中で小さく笑うスーリャに、シリスもまた笑いをもらす。
「そうだな」

幻想的な光景の中、二人だけ。
しばらくそのまま静かに佇んでいた。

「……連れて来てくれてありがとう」
背中に感じるシリスの体温が、その鼓動がスーリャの心を温める。
目の前に広がる光景はきれいだったが、それよりも自分にこれを見せてくれたシリスの気遣いがうれしかった。
ここの所どことなく塞いでいたスーリャに気づいて、シリスが連れ出したのは明白だ。
「俺が見せたかったんだ。礼を言われることでもない」
なんでもないことのように呟き、シリスはスーリャの頬に掠めるような口付けを贈った。くすぐったそうにスーリャが身をよじる。
「それでもありがとう」
小さな二度目のお礼にシリスは答えず、スーリャを抱きしめる腕に少しだけ力を込めたのだった。

そうして少しだけ沈黙した後、シリスがポツリと言った。
「……夜光草は父が母のためだけに植えた花なんだ。母が唯一父にねだったものだったらしい」
フルリフルリと揺れる光の花を眺めながら、シリスに身を任せてスーリャは静かに彼の言葉を聞く。
「母は一輪で十分だったらしいが、父が用意したのは満開に咲き誇るこの庭だった。あまりなことに母は呆れて言葉もなかったらしいが、それでもうれしそうにしていたらしい」
シリスがどんな顔をしていたか、彼を背にしたスーリャにはわからない。淡々とした声は、彼の感情まで伝えてくれなかった。
「……お父さんはお母さんのことを愛してたんだな」
彼の両親はこの世のどこにも、もういない。
そんな言葉しか浮かばなかった自分を、スーリャは情けなく思う。けれど、シリスの笑う気配を感じ、首を傾げた。
「夜光草の花言葉を知っているか?」
唐突に問われ、スーリャは不思議に思いつつも、小さく首を横に振った。
「永久に涸れぬ愛、だ。いまだ母の想いも父の想いもこの場にある。父の二番煎じになるのも癪だが、俺もスーリャにこの花を贈ろう」

二人を淡い光が静かに照らしている。
それは月の無い夜の、刹那の幻。





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本当にちょびっとだけシリスの父母のエピソードを付けて、しっとりと。
2006/11/05
修正 2012/01/30



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