はじまりは(スーリャ)



家のドアを開け、内に巣くう激情のままに足を踏み出した。
ただそれだけ。
だというのに……どこだ、ここ?
首を傾げた少年の前に広がるのは真っ白な空間。
他には何もない……はずだった。
というのに――。

「こんにちは。はじめまして」

そんな言葉と共に突然姿を現した人物に驚き、少年は飛びすさるように距離を取る。警戒する少年の姿にも頓着せず、青年は人畜無害にみえる笑みをその顔に浮かべていた。
だが、その笑みが逆に胡散臭く感じて、少年は表情を険しくする。
「そんな警戒しなくても君に危害を加えるようなことはしないよ。僕はルー・ディナ。君にお願いがあって呼んだんだ」

呼んだとは……?

初対面なのに、まるで自分を知っているような態度も気に入らない。少年が青年を睨みつける。その様子に青年は苦笑した。
「君にすれば荒唐無稽な話になると思う。でも、君しかいないんだ。僕の願いを叶えてくれるかどうかは君の判断に任せるから、話だけでも聞いてくれないかな?」
下手に出る相手に、少年は警戒心を強めた。
そもそも自分はこんな変なことに首を突っ込んでいる場合ではないのだ。早急に今後の身の振り方を考える必要があった。

「悪いけど俺、今、忙しいから」
全然悪く思っていない口調で遠回しに断った少年に、青年は苦笑を深める。
「時間なら大丈夫だよ。ここ、君のいた世界とは全然違うから」
その言葉に少年の顔が奇妙に歪む。
「あんた、病院行ったら?」
思わずに口に出してしまった呟きに、少年は慌てて口を塞ぐ。けれど、少年の予想とは裏腹に青年は怒りもせずに困った顔をするだけだった。
「これから言うことは、君の常識外な話ばかりなんだ。君が受け入れられないというなら断ってもいい。 あくまで決定権は君にある。だから、話だけでも聞いて欲しい」
そう語る青年は嘘もつけなさそうなお人好しに見えるが、己の意思を曲げる気もないらしい。少年はわざとらしく深々とため息をついた。

帰りたくても、ここが何処かわからない。
当然、帰り道などわかるはずもない。
青年の話を聞かないことにはどうしようもない。

少年は足掻くのを止めた。
「話は手短に」
渋々といった様子でそう言い、その場に腰を下ろす。
「ありがと」
青年はにっこり邪気のない笑顔を、少年に向けたのだった。



スーリャはそこまで回想して苦笑した。
あの時、話を聞く前から嫌な予感はあった。聞いたら引き受けざる終えなくなるようなそんな予感。そして、引き受けるにあたって悪足掻きのように自分は条件をつけた。

忘却、という条件を。

一度は逃げ出した『家族』の元へ帰るには、勇気が足りなかった。少し自分という存在が何なのか、考える時間が欲しかったのだ。
否、逆に何も考えたくなかったのか。覚えていると色々考え込んでしまうから、すべて忘れてすっきりしたかったのかもしれない。
今になって思い返しても、どうしてそんなことを言ったのか答えは出ないけれど……。

「これも運命だったのかな?」

なんとも陳腐な言葉に、スーリャは笑う。
傍らにいたシリスがその様子に不思議そうな顔をして、スーリャを己の方に引き寄せた。

「何が運命だ?」
「今の状況、何もかもが」

スーリャはシリスに寄り掛かる。
「ルー・ディナと初めて会った時には、まさかこんな未来が待ち受けているなんて思わなかったんだ」
シリスに話し掛けると言うより、自分に言い聞かせるようにスーリャは呟いた。
あの時、胸に抱いていた葛藤は、今はもう跡形もなく消えている。
「あんなことがなければ、シリスにも出会わなかったかもしれない」
ポツリポツリと言葉を紡ぐスーリャの髪を、シリスが無言で梳く。
「元の世界の記憶があの時あったら、ここに俺は今、居なかったかもしれない」
自分という存在を疑ったまま、もしかしたらこの地を壊していたかもしれない。

すべては偶然かもしれないけれど、今のスーリャには必然だった。これを運命と言わずに何と言えばいいのか。
ポツリとシリスが呟く。
「俺にとって、蒼夜に出会えたことは生涯で一番の僥倖だ」
身を捻りシリスの顔を見上げれば、彼は悪戯っ子のように笑ってスーリャを見つめていた。その瞳には彼への想いが溢れんばかりに浮かんでいる。
「運命というより奇跡だな。お前の存在そのものが奇跡だ」
大袈裟な言い分に、スーリャは照れるよりも呆れてしまったのだが。
「俺はずっとお前のことを探していた気がする。出会うずっと前から……」
続けられた言葉に絶句して、スーリャは顔を赤くした。

「すべては、必然だ」

そう締めくくったシリスの表情は、どこまでも甘い。自分と同じ考えに行き着いたシリスに、スーリャは笑いをもらす。
「俺もそう思う……」
囁きのような同意を追うように、シリスの顔がそっと近づいてくる。スーリャはそれを迎えるように、静かに目を閉じたのだった。





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スーリャとルー・ディナの出会いを、スーリャの回想で。すべての始まりはココから。
2009/03/02
修正 2012/01/31



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