お菓子の作り方



「聖。菓子の作り方を教えてください」

まだまだ子供だというのに、甘えることも何かを頼むことも滅多にしない銀が、聖に珍しくお願いしたのはそんな言葉だった。
滅多にない銀のお願いだ。できれば教えてあげたいのだけれど――。
「俺、菓子は作れないんだよ」
どうにも勝手が違うらしく、ご飯は作れてもデザートの類はまったく作れない聖だった。

過去に何度か挑戦したことはある。けれど、どれも惨敗だった。
とても食べれた物ではない代物が出来上がり―― 結局、甘い物が食べたい場合は店で買ってくるという結論に達した、という苦い思い出がある。だから、それを悟って以降は挑戦していない。

困った聖は視線を巡らして、ソファでくつろぎ本を読む己の伴侶を見る。
視線を感じた烙が、本から顔を上げて聖を見た。
「……作れるか?」
なんでも器用にこなす烙だ。作れてもおかしくない。そして――。
「ある程度は」
烙の答えは是だった。ただ、その表情は聖が次に言うだろう言葉が想像できて、面倒そうなものに変化する。
「なら、銀に教えてやってくれ」
邪気無くにっこり笑って告げられた聖の言葉に、烙と銀は互いの顔を見合わせる。どちらも微妙な表情で、否定の言葉の代わりに深々と息を吐き出したのだった。



「やる」

簡潔な言葉と共に銀が烙から渡されたのは、一冊の古びたノートだった。
ページを捲る銀の手元を、聖は上から覗き込む。そこには丁寧な字でバタークッキーの作り方が詳しく書かれていた。次のページにはショートケーキの、その次のページにはチョコチップマフィン。その次には――。
順不同で書かれたそれらは、すべて菓子のレシピだ。

「これって…… ? 」
意外な物の出現に、聖が声を上げる。
「桂の菓子限定レシピノートだ。それを見れば、大抵の物は作れる」
それだけ告げ、その場から去ろうとした烙を聖が引き止める。

「ちょっと待て。いくらなんでも一度も作ったことがない初心者に、いくら丁寧に書かれているからってレシピ本を見て作れって言うのは無理だろ」

聖の瞳が非難するように烙を見ている。それに烙は息を吐き出し、
「……わかった。その中から一つだけ選べ。俺が作るから、その様子を見て覚えろ」
嫌そうではあったが譲歩した。
烙は聖のお願いに弱い。そのことに鈍い聖は気づいていないが、烙は彼の望みをできる限り叶えたいと思っているのだ。
とは言っても、その発言は教えるとは程遠いものだった。

烙らしい言葉ではあるが、それで良いのかと呆れた様子で聖は彼から銀へと視線を移す。教えられる側である銀は、むしろその言葉にほっとした様子だった。
どうやら、どっちもどっちらしい。
そんな二人の姿に、聖はため息をつく。
けして険悪なわけではない。けれど、仲が良いわけでもない。
烙も銀も、聖が間に入らない限り、互いを無いモノのように扱うきらいがあるだけで……。

そんな経緯で、銀はノートの中から一つのレシピを選ぶ。
「南瓜プリン風ケーキ、か。まあ、いい」
その後、烙の手で南瓜ケーキが作られた。その手際は見事で、味ももちろん文句なしの一品だ。
そして、その腕は銀に受け継がれる。
烙は宣言通り、ただ作っている所を見せただけだった。けれど、銀はそれを見事に自分の物にし、この後、他のレシピもそつなく作るようになる。

どうやら器用な所もまた、烙に似たらしい。
当初は複雑な気分になった聖だけれど、甘味の前にはその思いも風化する。
銀が独り立ちする前も、独り立ちした後も、彼の作る菓子の半分は聖の腹へと収まることになる。
そんな日々は、銀が己の伴侶を見つけるまで続くのだった。





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2012/10/28
修正 2013/12/29



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