あの日、あの時、あの場所で



聖と偶然のように出会った、あの日。烙は長の役割を果たすため、久しぶりに人間の生活圏内へと訪れていた。

掟を破った者に、粛清を。

それが長の役割の一つではあるが、これほど面倒なものはない。押し付けられた長の位は、烙には不要でしかない。
だが、返却しようにも相手はもう存在しなかった。他の誰かに押し付けたくとも、該当者はまだこの世界に存在していない。
役割を無視していれば、いずれ必ず強制的にやらされる羽目になることは、初めの頃に理解させられた。だから、さっさと片付けてしまった方が楽だった。
今も、ひとり屠ってきた所だ。

同族だろうと、その死になんの感慨もない。
唯一の伴侶を得られずに狂った同族。
ついには理性も無くし、誰彼無しに襲い始めた。

だから、消した。それだけだ。

生涯でただ一度限りの恋。唯一の伴侶。
それがなんだというのだ。そんなもの煩わしいだけではないか。

くだらない。

店舗が両脇に建ち並ぶ道の歩道を、烙が不機嫌そうに歩いていく。
ねぐらに戻るだけならば、空間転移を使えば一瞬で済む。だが、粛清を行った後は無性に苛立ち、すぐに戻る気もおきなかった。特に、今回のような粛清対象の場合には。

周りにいた人間達やひっそりと彼らに混じっている人外の者が、烙のかもし出す不穏な空気に感づき避けていく。引きつった顔で彼を凝視したまま硬直している者もいた。
そんな反応、別に珍しくない。
本性をさらしたままなのだ。そんな状態の己に向けられる感情は、一種類しかない。それによって引き出された反応など、すでに見慣れてしまった。興味もない。
だが、そんな中で周りとは異なる反応を見せる者が居た。

烙の存在に畏怖を抱き、忌避する周りに気づいているのか、いないのか。

烙の視界の先で、一人の青年がショーウインドウを見て立ち止まり、ふわりと笑った。かと思うと、彼は眉間に皺を寄せ、少し唸った後に「仕方ない」とでも言いたそうに息を吐き出す。
感情が余すところなく、その顔に現れていそうだ。
青年は再び歩き出す。烙のいる方へとその足を進めていた。

青年の一挙手一投足からなぜか目が離せなくて立ち止まっていた烙は、青年とすれ違った瞬間、思わずその腕をつかんで、その身を抱き締め――。

「おまえ、俺の伴侶になれ」

気づけば、そう告げていた。
青年が呆然と烙を見ている。彼と目が合った瞬間、今まで感じたことのない激情に支配された。

コレは俺の伴侶だ。

今まで煩わしいと、くだらないと感じていた思いが、一瞬で吹き飛ぶ。
『出会った瞬間に、こう、ビビッと衝撃が走ったというか……わしの伴侶だとすぐにわかった。一目惚れだ。―― いずれおまえにもわかる』
ふと己の元である片割れの、ふざけた男の言葉を思い出して、烙は皮肉気にうっすらと笑う。

まさか本当にこんな日が己に訪れようとは――。

呆然としたまま半開きになっている唇を味わいたくて、それに触れようとした瞬間―― 油断していた所へ顎に衝撃があり、その勢いで青年と距離ができる。

青年に殴られたのだ。

冷静に状況を判断する自分と、開いた距離に動揺する自分。
殴られた痛みより、青年との距離に焦燥する。手の届きそうなこのわずかな距離ですら不要だと、腹立たしいと感じる。
わき上がった感情に自分でも驚いたが、その反面、面白いとも思った。

目の前の青年は、烙の存在に臆していない。感情があからさまに顔に出ているので、烙を殴ったことに「しまった」と思ったことまでわかった。
激情に駆られて、強引に事を進めようとしたのは烙の方だ。青年は自己防衛をしたにすぎない。なのに、彼は一瞬だが相手を気遣うような反応を見せたのだ。

愉快すぎて、どうにかなってしまいそうだ。

衝撃で少しだけ冷静さを取り戻し、烙は青年が同族であることに気づく。
同族ならば、時間はたっぷりとある。焦る必要など、どこにもない。
そして、同族だからこそ、青年には理解できるはずだ。烙の抱えた狂気にも似た想いを――。

けして、逃がしはしない。
おまえは俺のモノだ。

熱く青年を見つめたまま、烙の口元は自然と弧を描いたのだった。





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「求婚」01話、初めての出会いを烙視点で……。
過去Web拍手お礼より、再掲載。
2012/02/19
再掲載 2012/05/27



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