ウイスキーボンボン |
仕事を終えて帰宅し、ほっと息を吐くひととき。 エンと銀は並んでソファに座っていた。 「チョコレート ? 」 「ええ。今日はバレンタインだったようですから」 銀の手の中には、ラッピングを解かれた小箱があった。それをエンは思わず凝視する。 「もらったと言いますか、正確には押し付けられたのですけど……せっかくですから、食べませんか ? 」 サラリと続けられた言葉に、内心でエンは困惑した。 表面上は無表情が癖になっていて、ほんのわずかに目が見開かれた程度の変化でしかなかったのだが――。 甘い物は好きでも嫌いでもないので、エンも食べること自体は問題ない。ただ―― すっかり失念していたバレンタインに銀がもらった物、となると心の内は穏やかではいられなかった。 チョコレートに罪は無くても、できれば食べたくない。 我が侭を言えば、銀にも食べて欲しくない。 チョコレートの入った小箱を見つめたまま黙ってしまったエンの様子に、銀は自分の言葉が足りなかったことに気づく。 「聖がもらった物なのですけどね。押し付けられました。どうやら中身がウイスキーボンボンだったらしくて」 苦笑混じりなその言葉に、小箱から銀に視線を移したエンが首を傾げる。 「他の物だったら聖も自分で食べるでしょうけど、お酒が駄目なのですよ」 エンの頭に思い浮かぶのは、銀と同じ色の髪と瞳を持つ、愛嬌のある顔立ちをした青年。外見年齢は銀よりも年下に見えたが、彼の親なのだから年齢は―― 考えるまでもないだろう。 けれど、チョコレートに入っている酒量など、ほんのわずか。いくらお酒に弱くても……。 「これで酔った状態を目撃していますから」 「それほど……」 エンがなんとも言えない顔で、言葉をとぎらせる。 「ええ。あれは壊滅的に酷いので――本人が自覚してからは自衛のためにも食べないようにしたみたいです」 何を思い出したのか。銀が笑いを堪えるような顔をした。 そんな顔をされたら、エンも気になる。いったいどんな酔い方をしたのかと。 「ちなみにどれくらい…… ? 」 酔っ払いはタチが悪い。でも、銀がこんな風な顔をするような酔い方は想像がつかなくて、エンも好奇心には勝てなかった。 「……襲うのですよ」 意味ありげな笑みを浮かべた銀が告げた言葉は端的過ぎて、エンは疑問符を頭に浮かべる。 「襲う ? 」 不思議そうに言葉を繰り返すエンに、銀はゆっくりと頷いた。 「そうです。相手は限定されているようですけどね」 クスクスと笑う銀の言葉をエンは頭の中で繰り返し、たどり着いた答えにほんのりと顔を赤らめる。 その様子に銀は笑みを深め、 「聖の話はいいとして。チョコレートに罪はありませんし、せっかくですから食べませんか ? 」 小箱の蓋を開けて、その中から一粒摘まんでエンの口元に運ぶ。 銀の言葉は、先程エンが考えていたことと同じだった。その妙な偶然の一致がおかしくて、ほんのり笑みを浮かべていたエンは、彼の行動に先程とは別の意味で困惑した。 「口を開けてください」 穏やかな声で促され、エンは気恥ずかしさを感じながらも、そろそろと口を開ける。コロンと口の中に落ちたチョコレートは甘く、その中からはほんのりとお酒の味がした。 「おいしいですか ? 」 問い掛ける銀に、エンは頷く。 「それはよかった。もう一ついかがですか ? 」 小箱からもう一粒チョコレートを摘まみ、銀はエンの口元へと運ぶ。 唇に触れたそれに、エンは銀を物問いたげに見た。 「あなたがこれで酔うとは思っていませんから、大丈夫ですよ ? 」 そういうことを言いたかったわけではなかったのだが、銀が引きそうにないのでエンは仕方なく口を開く。気分は餌付けされる雛鳥だ。 口の中で溶けるチョコレートは甘く、ウイスキーボンボン独特の風味がある。 そんなことをエンが考えていると――。 「私の味見は、あなたでさせていただきますから」 笑み含んだ囁きが落とされ、唇にチョコレートとは別の柔らかい物が重なった。銀の唐突な行動に、エンは驚きに目を見開く。 熱い舌が口腔に侵入し、蹂躙し、チョコレートの甘さとは別の甘い疼きを残して離れていった。 「甘い、ですね」 銀が小さく呟く声が聞こえる。 甘いとは、チョコレートが甘かったのか。 それとも、エンとの口付けが甘かったのか。 艶やかな笑みを浮かべた銀の顔を見たエンは、一拍の間の後、その顔に血を上らせる。 「もう一ついかがですか ? 」 そう問い掛ける銀に対し、エンは首を横に振った。 内心、恥ずかしくてしかたない彼は、もういっぱいいっぱいだった。 |
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