七夕飾り |
商店街に飾られた笹を見つけて、聖はそういえばと思い出す。 「今日は七夕だった」 暮れゆく空は茜色で、どんより曇り空だった今朝方が嘘のように晴れていた。 なんとなく気分良く家路についた聖は、我が家に帰り着いて仰天する。 「烙―― !!」 庭で目にした物に少し絶句して立ち尽くした後、彼は猛然と家の中へ駆け込んで叫んだ。 居間にいた烙は、訝しげな顔をしながら駆け込んできた聖を出迎える。 「庭 ! 庭のあの笹は……」 読んでいた本をテーブルに置き、彼は困惑も露わに立ち尽くす聖をとりあえず己の隣に座るよう示した。大人しく彼の隣に少し間を開けて座った聖は、それでも物言いたげに彼を見る。 「あれは俺がやったことではない」 朝、出掛けた時にはなかった笹が、夕方、帰ってきた時には立派に生えていた。しかも、しっかりと飾り付けされて。 聖に心当たりがない以上、烙がやったとしか思えなかったのだが――。 「ここの住人は、俺とおまえだけではないはずだが ? 」 「…………銀が ? 」 たまに突拍子もないことをやる烙ならありえるが、まったく子供らしくない銀がこんなことをやるとは思えなかった聖は、初めからその可能性を除外して考えていた。 「そういえば、銀は ? 」 聖が不思議そうに首を傾げる。 せめて青年期になるまではと、彼らと一緒に暮らしていた息子の姿が見えない。烙と仲が良いとは言い難いが、とりあえず殺し合うほど仲が悪いわけでもないので、最近では一緒に家で留守番させることもしばしばだったのだけれど、どこに行ったのか今日はその姿も気配もない。 「仕事だ」 興味なさそうに、烙が端的に告げる。 その言葉に聖は眉を顰めた。 「長の ? 」 「それ以外に何がある。あの様子では今日は帰ってこないだろうな」 少し機嫌が上向いたらしい烙が、聖の身体を引き寄せようと手を伸ばす。それを叩き落とした聖は、烙を不機嫌そうに睨みつけた。 「元はあんたの仕事だろ?」 「今はあれの仕事だ」 懲りずに伸ばされた手に、聖はため息をつく。大人しくされるがままになっていたら、引き寄せるだけでなく、烙の膝の上に抱き上げられ座らされていた。 「……あれが何を考えていたか、俺は知らん。だが、あとで笹に飾られた短冊を見てみるといい」 笑み含んだ意味ありげな顔で烙は告げ、腕の中にいる聖に口付けを贈る。 「おかえり」 そっと触れるだけの、口付け。 「ただいま」 烙の首に手を回し、聖もまた、彼に軽く触れるだけの口付けを返す。 「今夜は久しぶりに二人きりだな」 烙が低い声で呟き、瞳に獰猛な光を浮かべて聖を見据える。 何を想像したのか、顔を赤くして腕の中でアタフタと慌て出した聖の反応を楽しんだ後、 「とりあえず今は、もう少しおまえを補給するか。おまえも俺が足りないだろう ? 」 問い掛ければ、聖の動きが止まった。 よりいっそう顔を赤くして何か言おうとした彼の唇を、烙は己のそれで塞ぐ。 こうして文句を告げる口を塞いでしまえば、聖の方が貪欲に烙を求めているのではないかと思るほど。 熱い口腔も、絡みつく舌も、喉を流れ落ちる唾液も。 聖はどこもかしこも甘く、烙を狂わせる。 触れれば触れるほど、足りないという思いが募る。 同族である以上、聖もそう感じているはずだ。 今夜はまだ、始まったばかり。 飢えを満たすために、獣のように互いを貪るのもまた一興か。 翌朝。 烙の言葉を思い出した聖が、笹に飾られた唯一の短冊を目にして絶句し、赤い顔で笹ごとそれを処分する姿が見られた。 その光景を目にした烙が、窓辺でクツクツと笑っていたのだが―― まさか、それが息子が成長してこの家を出ていくまで毎年続くとは、さすがに思いもしていなかっただろう。
『 そろそろ二人とも限界そうなので、
堂々と出掛けられる口実をください。 銀 』 |
************************************************************* 2012/07/08
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