短冊に願いを |
仕事の報告に訪れた協会で、それを目にしたエンはふと立ち止まった。彼の後ろを歩いていた銀もまた、彼に合わせて立ち止まり、その視線を追ってそれをしげしげと観察する。 「七夕飾りですか……」 通路に立てられた笹には、色とりどりの飾りとカラフルな色紙の短冊が飾られていた。短冊にはつたない文字で、様々な願い事が書かれている。 それらを目にしたエンの黒色の瞳が、思いを馳せるようにユラユラと揺らめいていた。 「あなたが子供の頃は、これにどんな願い事をしたのですか?」 短冊の一つを手に取り、銀が問い掛ける。 これらは事情があって協会に引き取られた子供達や、親が協会で働いているのでその間だけ預けられる子供達が書いたものだ。状況からして、ここで育ったエンもこれを書いたことがある、と銀が思うのは自然なことだった。 「……白紙で吊るした」 エンがその顔に困ったような笑みを浮かべて銀を見る。 「叶わないとわかっている願い事をしても無意味だと、ずっと思っていた」 面倒を見てくれた職員も、協会の長も、頑として短冊を書かずにいたエンの様子に困った顔をしていた。そして、それを白紙で笹に吊るした姿を見て、彼らは苦笑いしていた気がする。 何も言わず、止めることもしないで、彼らはエンがやりたいようにさせてくれた。それがある程度の年齢に達するまで毎年、となると――。 「今思えば、俺はずいぶんと捻くれた子供だった」 最近では忙しくて七夕のことなど、視界に入ってもすっかり気にしなくなっていたのだけれど。 「叶わないと思っていた願いは、形を変えて叶ったんだ」 両親と。家族ともう一度会いたい。暮らしたい。 白紙で出した願い事は、叶うはずのない願い。けれど――。 「銀が叶えてくれた」 エンを伴侶にと望んでくれた銀。彼がエンの新しい家族になってくれたから、その願いは形を変えて叶えられた。 こんな未来が訪れると復讐を誓っていた時には思ってもいなかった。けれど、すべてはその復讐から始まったのだ。 「傍にいてくれて、ありがとう」 想いを込めて、エンは感謝を口にする。 気遣わしげに彼を見つめていた銀がわずかに目を見開いた後、その顔に穏やかな笑みを浮かべた。 「お礼を言うのは私の方です、エン」 二人は寄り添い、いくつもの願いが吊るされた笹を見つめる。
傍にいられる。傍にいてくれる。 それが、何よりの幸せ。 |
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