仮装行列とお菓子



ハロウィンとくれば、仮装。
仮装とくれば、仮装行列。
仮装行列とくれば、甘〜いお菓子。

ということで――。

「手作りお菓子の作成を――」
「シュー兄、邪魔。出てって」

その日。
結婚しても実家に入り浸りな長男は、ここぞとばかりに実家の台所に立とうとして次女に蹴り出されそうになり、
「ちょッ、ニナ。危ないって。暴力反対」
生存本能的な危機管理能力により、なんとかそれを回避していた。
ただ、標的に当たり損ねた次女の蹴りが急に止まるわけもなく、その先にあったテーブルを破壊する。

「シュー兄が作ると毒物が出来るから、ぜ〜ったいに台所には入ってこないで!」

心を抉る次女の言葉よりも、壊されたテーブルの惨状に長男は青褪め、その場で立ち尽くす。避け損ねていれば、自分がこのテーブルと同じ運命をたどっていたのだから、それは当然の反応だった。
「今の音、何よ。表にまで響いてきたわよ?」
今日は店で接客を手伝っていた長女が現れ、その惨状を目撃して顔を引きつらせる。
「シュー兄! 何やったの?」
咎める対象は、テーブルを壊した次女ではなく長男だった。

「俺はただ、ハロウィンのお菓子を作ろうと――」
ギロリと長女に睨まれ、最後まで言葉に出来ずに口を閉ざす。
「テーブルの新調は、シュー兄の稼ぎから出すから」
無情な宣告に。
「いや、待て待て、ちょっと待て。俺が悪いのか? 俺は悪くないだろ。俺にニナの蹴りを受けて倒れろって言うのか?」
黙っていられなくなった長男は反論するが。
「シュー兄の作った物を出したら、それこそ病院送りじゃない。お店の信用もガタ落ちよ? シュー兄に怪我をされるのも商売上がったりだから困るけど、今回はニナの方が絶対に正しいわ」
長女は次女の肩を持った。

分が悪いと悟った長男は視線を彷徨わせ、そこに次男の姿を見つける。
この一家は、長男、次男、長女、次女の四人兄妹だった。ちなみに、次男と長女は双子である。
兄弟仲は、けして悪くない。
「あ〜、またか。今度は何やったの、兄貴?」
悪くはないのだが、下の三人は結託することが多かった。

「おまえら揃いも揃って、俺が悪いのか? 俺はただ、クッキーをだな」
「私が作るから作らなくて良いって言ったのに、勝手に作ろうとしたシュー兄が悪い」
次女が長男の言葉を遮って、不機嫌に告げる。その言葉に事態を把握した次男は、徐にため息を吐いた。
「……兄貴。そろそろ料理の才能ゼロだって諦めたら?」
長男に最終宣告を下す。その言葉に、長男が息を詰まらせた。

「兄貴は洋裁や小物作りの才能は飛び抜けていると思うよ。料理以外の家事も有能だと思うよ。でも、料理全般は諦めた方が周りのためでもあるんだ。わかってくれ、兄貴。うちから人殺しを出したなんて、恐ろしいことになる前に」

ポンッと次男に肩を叩かれ諭された長男は、顔を伏せたまま肩を震わせる。
「ちょっと言い過ぎじゃない? さすがにシュー兄もそこまで言ったら――」
無言の長男の様子に不安を感じた長女が、次男を小突く。
「大丈夫だって。このくらい言わないと兄貴は学習しないから――」
唐突にガバリと音が出そうな勢いで顔を上げた長男が、仁王立ちで弟妹を睥睨した。

「……俺の料理のどこに、そんな要素があるか言ってみろ!」

思わず一歩後退した双子と、珍しく本気で怒っているらしい微妙に涙目な長男の姿に恐れをなし、長女の後ろにピタリと張り付いて隠れた次女は、互いの顔を見合わせ、誰がそれを告げるかを押し付け合った。

「兄貴。自覚がないみたいだけど、かなりの味音痴なんだよ」

無言のやり取りの後。
これだけは言わない方がいいかも、と思っていた真実を、仕方なく次男が口にする。
「親父もそうだから。変な部分まで親父に似たんだと諦めるしかないと思う」
とても嘘を言っているようには見えなくて――長男はその場に撃沈した。

産まれて二十数年。
初めて知らされる、悲しき真実だった。



「と、いうわけで台所から追い出されたんだよ」
まったく兄をなんだと思っているんだろうな、あの弟妹達は。

長男の愚痴を聞く相手は、その結婚相手。
普段は婚家の離れに住んでいる長男は、今日あった出来事をようやく帰宅した結婚相手に愚痴っていた。書類上は長男が妻で、その結婚相手が夫になる。

「それで、これは妹さんが作った物ってわけか」
テーブルの上の皿には、お化け南瓜や蝙蝠を可愛らしくかたどったクッキーが入っている。
「そう。ニナ作。だから、美味しいだろう?」
ブスッとしながらもそう訊ねる声は自慢するようであり、クッキーを摘めばその顔が綻んでいる。その様子に夫は微笑む。

「妹さんの衣装を作っていただろう。どうだった?」
そう訊ねれば、妻の顔が目に見えて輝いた。
「俺が作ったんだから、似合わないわけがない。うちの妹達が一番だ。おまえにも見せたかったよ」
今日はハロウィンということもあり、騒がしい街の様子に夫の帰りは夜中に近かった。
街中はまだ仮装した大人達で騒がしいが、さすがに子供が出歩く時間は過ぎている。もう家で眠りについているだろう。
「それは残念だ」
そう告げながらも楽しそうな妻につられて、夫の笑みは深くなる。

「コレも、そのお裾分け?」
テーブルの上には、ハロウィンらしく南瓜ランタンがある。中に入った蝋燭がユラユラと揺れて、南瓜に彫られた顔に表情を加えていた。
「そっちはリナ作な」
あいつ、意外に不器用なんだよ。
事実、南瓜に彫られた顔はかなり歪である。けれど、それが逆に味を出している。

「……仕事を休めば良かった」

ポツリと呟かれた意外な言葉に、妻は目を丸くする。
「おまえがそんなこと言うなんて珍しいな」
その言葉にクッキーを摘んでいた夫は苦笑する。
「ルフの衣装も君が手を加えたんだろ?」
ルフと言うのは、夫の年の離れた弟である。
「ほんの少しだけ、な。ほとんどはお義母様が作ったよ」
「君が母上と仲良くしてくれてて助かっているよ。父上もそう言っていた」

「………」

いつもと同じような気がするけれど、どこかおかしいような気もする。
妙な胸騒ぎに、妻は首を傾げる。そして、ふと今夜の街の様子を思い出した。
「まさかとは思うけど、酒は飲んでないよな?」
無礼講に近いハロウィンの夜。子供達もベッドに入って、今はもう大人達の時間だ。当然、酒も振る舞われている。
「酒? ああ。交代した後、グラスに一杯だけ」
誰だ、酒を飲ました奴は〜!
長男は内心で叫んだ。

「おまえ、今日は疲れただろ。風呂の用意はしてあるから、ゆっくりお湯にでも浸かって疲れを落として休め」

顔色も口調も普段通り。一見、素面と変わらない。だから、今まで誰も気づかなかったのだろう。ものすごく分かり難い酔っ払い方をするのだ。
酒量は関係ない。飲んだか、が問題だった。そして、当然、本人は自分が酒に弱いことを知らない。
酒はあまり好きではないらしく、自ら好んで飲もうとはしない。ただ、こんな夜だ。勧められて、断り切れなかったのだろう。

「おや、一緒に入るかい?」

普段なら言いそうにないことを口にしている、自覚は夫にない。
翌朝、記憶が無くなっていることもない。
なのに、酒が抜けた後、それまでの自分の言動を振り返って疑問に思うこともないらしい。
妻からすれば、それは不思議な話だった。

「冗談言ってないで、早く行け」
「はいはい。うちの花嫁さんは怖い怖い」

浴場に向かった夫の姿を見送った妻は、ふうっと息を吐き出す。
とりあえず一難は去った。だが、まだ二難三難は残っている。
「問題は、どうやってこの後あいつをベッドに放り込んで、大人しく眠ってもらうかだな」
腕組みして、う〜んと難しい顔をしながら考える。
酔った自覚のない酔っ払いこそ、面倒なモノはない。

蝋燭の炎が揺れて、歪な顔の南瓜ランタンが一瞬、ニタリと笑ったように見えた。

「どうした? そんな難しい顔をして」
浴場に向ったはずの夫の声がすぐ近くからして、妻はギョッと立ち上がる。
「いくらなんでも早過ぎないか?」
「それはそうだろうね。忘れモノをしたから戻ってきた」
「忘れモノ?」
機嫌の良さそうな夫の言葉を、妻は訝しげに問い返す。
「そう。忘れモノ」
笑顔の夫に、妻の本能が警鐘を鳴らす。だが――。

「さっきの言葉は冗談でなくて、本気」

ヒョイと妻を抱え上げた夫は、意外にもしっかりとした足取りで歩き出す。行き先は浴場のはずだ。

「忘れモノって、俺のことか!」

今更である。
「そう。君のこと」
夫の笑顔は健在だ。妻は己の不手際を悟って、夫の腕の中で呻く。これなら風呂と言わずに、直接ベッドに向かわせるんだったと後悔した。
抱き枕くらいなら甘んじて受け入れる覚悟はした。
「なあ、風呂は明日の朝にしないか?」
明日の朝なら酒も抜けている。一緒に入ろうとは言わないはずだ。
「せっかく君が用意してくれた物を無駄にはできない」
夫は妻の気も知らずに否を返す。

何か、何か。逃れる術はないものか。
ウロウロと視線を彷徨わせた妻の視界に、テーブルの上の南瓜ランタンが入る。それはやっぱりニタリと笑っているように見えた。

「私だって、君と過ごす時間が欲しいんだ」

拗ねた子供のような夫の発言に、妻は息を吐き出して新たな覚悟を決めた。
互いに仕事が忙しかったのは事実だ。それもハロウィンまで。
今日を過ぎれば、少しゆっくりと出来る。それなら――。

「わかった。好きにしろ」
夫の、偶の我が侭くらいは聞いてあげるべきだろう。

不敵に笑った腕の中の妻に、心の底からうれしそうな笑みを夫は向ける。
「来年は仕事を休むから。衣装は君に作ってもらうとして、一緒に仮装行列に参加しようか」
気の早い夫の意外な提案に、妻は笑う。
「良いよ。しっかり覚えておけよ?」
「大丈夫。君との約束は忘れないさ」



完全に部屋からは見えなくなった二人の姿。
テーブルに残された南瓜ランタンは、蝋燭の明かりを揺らめかせてニタリニタリと笑ってその姿を見送った。徐々に小さくなっていった蝋燭は、その炎を保っていられず、ユラリと炎が大きく揺れたのを最後に消える。

フッと。

ハロウィンの夜は過ぎていく。
南瓜ランタンは、その役目を終えて消えたのだった。





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2013/10/31



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