ハロウィンと仮装行列



この街のハロウィンの夜は、いつも賑やかだ。
街中がお祭り騒ぎで、一晩を過ごす。
「Trick or Treat ?」
大人も子供も、仮装した者達が大通りを練り歩く。
「お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ?」
人が集まる場所には、当然、商人も集まる。
仮装行列の終着点。篝火の焚かれた広場には、多くの露店が立ち並んでいた。そして、それらにつられて出歩く人々も――。

白髪紅眼の青年もまた、そのうちの一人。その手にはすでに、全部一人で食べきれるのかと疑いたくなるほどの量と種類の菓子がある。
「この時期のお祭りと言えば、やっぱこの街のハロウィンが一番盛大だよね」
仮装行列の楽しそうな人々を眺めながら、近くの花壇の煉瓦に行儀悪く浅く腰掛けて小さく呟く。それは誰の返事も期待しない、小さな独り言だった。
「そうですね。今夜は、この街が一番賑やかです」
その、返事などないはずのものに、返事があった。

反射的に逃げ出そうとした青年に、声を掛けた一見、性別不詳な金髪碧眼の少年は小さくため息を吐く。
「今夜は捕まえようとはしません。だから、今くらい私と一緒に過ごしてください」
その、普段よりも幾分力の無い声に青年の動きが止まった。少年は青年ではなく、仮装している人々の方を見ている。

「悪さはしていないよ?」

精霊族の占い師は、この世ならざるモノすら見ることがあるという。今、少年が見ているモノは、行列に参加しているソレだとろうと青年は当たりをつける。
「あなたにも見えるんですか?」
意外そうな顔でようやく自分を見た少年に、青年は妙な安心感を覚える。
「見えても、なんの得にもなりはしないけどね」

その見え方は違うのかもしれない。
少年と青年では種族もその特性もまったく違う。その上、青年はやっかいな役目を負っている。
困ったような顔で笑う青年は言葉を続けた。
「大丈夫。心配することはないよ。今夜は何も起こらないから」
何も知らずに大通りから広場へと仮装した姿で練り歩く人々の、その楽しそうな姿に水をさすのは退屈嫌いの青年にとっても気の進むものではない。
それはそこに交ざる、この世ならざるモノも同じはずだ。

「今夜は大物釣りだね。ジャック・オー・ランタンまで現れたみたいだ」

南瓜ランタンを持った男が、仮装行列の先頭を歩いている。
大抵、現し世と黄泉国の狭間を歩いている男だが、盛大な仮装行列とそれを催す人々の熱気につられて、珍しく現し世まで出向く気になったらしい。あの男の道案内なら迷うこともない。

「アレがジャック・オー・ランタン、ですか」
少年が南瓜ランタンを持った、黒い衣服を纏っている南瓜頭の男を興味深々に見つめている。
「この中に、どれだけアレが本物だって分かる者がいるかな?」
青年が違和感なく場に溶け込む、南瓜男を見て笑う。
「私達くらいでしょう」
少年は青年の隣に腰掛け、クスクスと笑った。

青年は手の中の、容器に入った菓子を少年に差し出す。
「これ、君は好きだったよね?」
受け取った菓子は、まだほんのりと温かい。
「私のために買っておいてくれたのですか?」
ホロホロと口の中に溶けて消えた菓子は、少年に甘い余韻を残す。
「そんなわけないじゃない。偶々だよ、偶々」
その言葉が嘘か真か。少年にとっては些末事だった。手の中の菓子をもう一つ口に入れ、その感触を楽しむ。

「偶に不安になるんです。私はあなたに必要とされているのか、と」

そして、そっと小さく弱音を吐き出す。
こんな賑やかな夜だからこそ、ほんのちょっとの弱音くらいは許されるだろう、と。

「……僕の真名を握っているのは君なのに。それを僕に言うの?」

青年は不機嫌にそう言い放ち、その場から立ち去ろうとした。
少年は慌てて青年の服の裾を掴む。立ち上がった時に体勢が崩れて、手の中の容器から数個の菓子が地面へと転がり落ちた。

「すみません。馬鹿なことを言いました。だから、今夜は傍に居てください。約束、ですよね?」

青年が本気でこの場を去る気があるなら、少年にはそれを追いかけることは出来ても、この場に留めることはできない。
捕まえることはできなくても、傍にいることを許された今くらい、もう少しだけこの時間を味わいたい。
そう思っているのが自分だけでなければいいと思いつつ、是とも否とも言わない、背を向けたままの青年の服の裾を少しだけ引っ張る。
「……仕方ないな。この、賑やかな仮装行列に免じて、今日は許してあげる」
少年の方を見た青年の顔は、苦笑していた。
喜怒哀楽が激しくて分かり易いように見える青年だが、その表情と内心が同一であるとは限らない。

少年の隣に座り直した青年は、少年に渡したのとは別の菓子を口に入れて顔を綻ばせている。
「私はあなたの隣に寄り添う者です」
少年は仮装行列の行き先を目で追う青年に、そっと囁く。
「……知っているよ」
青年の返事はひどくそっけない。けれど、少年の顔には笑みが浮かぶ。
「あなたが逃げるなら、私はあなたを追い続けます」
少年の視線もまた、仮装行列へと向けられる。
「伯が私にそう、望む限りずっと」
ひっそりと告げられた言葉に、青年は一瞬だけその顔を歪める。
泣き笑いのような、その表情は誰に目に留まることもなく姿を消し、青年はその顔に苦笑を浮かべて少年を見た。

「一生、捕まらないかもしれないよ?」
仮装行列から青年に視線を移した少年は、はんなりと笑う。
「それまでには、捕まってくださいね?」
その言葉に青年が目を丸くした。

捕まえるのではなく、捕まれと少年は言った。
この言葉は似通っているようで、まったく意味合いが違う。

してやられた気がして、青年は面白くない気分で菓子を口に入れる。
「……僕の気が向いたらね」
甘いはずの菓子が、なんとなく味気無くなってしまった。
「できれば、私の力であなたを捕まえたいんですけどね」
青年の心境をどこまで正確に把握しているのか。
少年は小さく呟き、手の中の少なくなってしまった菓子を摘む。

「伯。口を開けてください」

少年に言われるまま、青年が空になった口を開けば――。ホロホロと口の中で溶けた菓子は、記憶にある物よりも甘かった。
「美味しいですか?」
無邪気に笑う少年に、青年もまた、仕方ないとでも言えそうな笑みを向ける。



広場の仮装行列にまだ、終わりはこない。
南瓜ランタンを持った南瓜頭の男は仮装行列を先導しながら、そんな微笑ましい二人を見つけて、器用に南瓜顔で笑みを作ったのだった。





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2013/10/31



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