とりっく おあ とりーと ?



廊下をパタパタと音を立てて近づいてくる足音が二つ。唐突に扉が開き、二人の子供が室内に飛び込んできた。
「リィ。ルゥ。廊下は走らない。扉はしっかりノックする。入るのは返事を待ってから。わかった?」
言葉は厳しくとも、その顔は困ったような笑みを浮かべていた。
「かかさま。ごめんなさい」
「ははさま。ごめんなさい」
二人同時に謝り、母親の傍まで行くとその服の裾を掴む。その仕草に母親は笑みを苦笑に変え、二人の頭を撫でた。

「それで、どうした? シリスは?」
双子は父親と一緒に今日は街へと出掛けていたはずだ。
なのに、なぜここにいるのか。
そもそも父親は子供を放り出してどこに行ったのか。
小言の一つや二つ、言ってやらなければ。
母親の内心の思いを余所に、子供達は無邪気な笑顔で母親を見上げると、これまた同時に口を開いた。

「「とりっく おあ とりーと」」

母親はキョトンとなり、元気よく合唱された言葉の意味を悟るのに少し時間がかかった。子供達は期待に満ちた瞳で母親を見上げている。
その視線の先で、言葉の意味に気づいた母親が困った顔になった。

「……もしかしなくても、今日ってハロウィン?」

もとはこの世界になかったハロウィン。
なんとなくシリスに話しただけだったのに、それを気に入った彼によって国中に広められ、ついには行事として定着してしまったのだ。
うっかり忘れていた母親は、当然ながらお菓子の用意などしていない。けれど、子供達のまっすぐな瞳を曇らせることもしたくなかった。
何かないかと視線を巡らして、机の片隅に小瓶を見つける。
「リィ。ルゥ。ごめん。今はこれしか持ってないんだ。後で二人の大好きな焼き菓子を作るから」

小さな手の平に乗せられたのは、色とりどりのあめ玉。
双子は互いの手の中を見比べ、顔を見合わせて頷いた。
「かかさま、やくそく」
「やぶったら、いたずら」
無邪気に笑う子供達に、母親もまた笑顔を見せる。
ふと、そこでこちらに向かってくる足音に気づいた。バタバタと走る足音が部屋の前で止まったと思ったら、何の音沙汰も無く扉が開く。
そこにいたのは、双子の父親だった。
子供達を見つけたことに安心したのか。
ホッとした様子で息を吐き出し、母子に歩み寄る。
「ととさま、はしっちゃ、めっ」
「ちちさま、のっくー」
双子が口々に先程、注意されたことを父親に言った。その様子に母親が額に手を当て、ため息をつく。
これでは子供達のことをとやかく言えない。

そんな母親の思いを余所に、父親が子供達の頭を撫でる。
「……ここにいてよかった」
安堵のこもった言葉に、彼が子供達を心配して探していたのはわかったが。
「他に言うことは?」
少々冷やかな母親の問いに、父親は一瞬息を詰めた後、
「悪い。ちょっと目を離した隙に――」
己の非を認め、素直に謝ったのだった。
それに母親は再度、ため息をつく。
「まったく。どうせそんなことだろうとは思ったけど、もう少し――」
そうしてお説教はしばらく続く。
母親が父親を叱る姿に顔を見合わせていた子供達は、用を終えて戻ってきた女官によって、そっと部屋の外へと連れ出されたのだった。

その後。
約束通り、母親特製の焼き菓子を頬張る子供達の姿があったとか。
こってり絞られた父親はしばらくしおれていたとか。
結局、母親がため息まじりに許したとか。

それは、ささやかで幸せな日常。





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2008/10/28
修正 2012/02/01



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